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道の脇の藪から出て来た人影を見て、俺はここが異世界だと確信した。
パッと見、小柄な女性の様に見えた。
森の中などを歩き易い長そで長ズボンの服装で、場所も合わさり探検家の様にも見える。
帽子は被っていない。
その頭に丸い突起の様な物が二つ見えた。
髪型とかではなく、ぴょこぴょこ動いている。
所謂ケモ耳と言う奴だ。
その上、顔などの普通は肌が露出している部分にも体毛が生えている。
ファンタジー系の漫画やアニメに出てくる獣人と言う奴の様に見えた。
明らかに普通の人間ではない。
口と鼻の部分が少し突き出していて、マズル状になっている。
『ケモ度が高いな』
俺はそう思う。
その女性も、こちらの方を見て少し驚いた表情になる。
「何だこれ?魔動車か?なんでこんな所に在る?」
俺(=軽トラ)の方を見てそう言う。
彼女の言葉は聞いた事も無い言語だった。
しかし、何故か俺はその意味を理解できた。
もしかして、これが異世界転生特典の『言語理解スキル』って奴か?
有難い話だが、そこまで気が利くなら、軽トラじゃなくてちゃんと人間の姿で転生させて欲しかった。
それと、『魔動車』と言う単語だけイマイチ理解できなかった。
「誰も乗ってないな。周りに人の気配も無いし、何でこんな所に在るんだ?」
獣人の少女が俺の方に近付いて来る。
普通の人間の顔ではないので良くは分からないが、表情からして少し幼さを感じる。
だが、身のこなしから子供と言うには落ち着いている感じもあるので、成人前後と言う感じだ。
獣人の成人が何歳かは知らないけれど。
「こいつ、動くかな?」
彼女は軽トラのドアを開け、運転席に乗り込んでくる。
その動きに、何か違和感を感じる。
そうだ、ファンタジーの住人にしては未知の軽トラックと言うものに対して警戒心があまり感じられない。
さっき言っていた『魔動車』とういう単語を思い出す。
もしかして、この世界にも自動車に似た物が存在しているのだろうか?
だとすると、その『魔動車』に使う燃料も存在している事になる。
もしガソリンに似た物なら今の自分の懸念を解消する事になるかもしれない。
これは何としても、彼女とコミュニケーションをとる必要がある。
軽トラに成った自分の中に女の子が乗っているという事態に少し変な気分になるが、コミュニケーション方法を考える。
いきなり走り出すのは、流石に警戒されるだろうから止めておく。
普通軽トラは喋れない。
いや待て、車内に居るならあれが使えるか?
彼女は今車内に乗り込んでハンドルを揺すったりシフトレバーをガチャガチャやっていたりする。
俺がそう考えた時、彼女が叫んだ。
「やばっ!まいたと思ったのにあいつら追い付いてきやがった!」
彼女の視線の先、軽トラの前方の茂みが再び揺れて、複数の陰が飛び出してくる。
これまた獣人の様だった。
ただ、着ているのは粗末な毛皮だけで、顔付きも彼女よりも大分知性が低いように見える。
皆、猿の様な顔だった。
こちらを指差して何やら叫んでいる。
今自分に乗っている獣人の少女の言葉は理解できるが、彼等の言葉と言うか鳴き声は意味を理解できない。
ただ、その声には怒りの様な攻撃的な響きが混じっていた。
「くそ!動け!」
俺に乗っている女の子が慌てて、ハンドルを揺すって、少し汚い言葉を放つ。
どうやら、彼女と後から来た獣人との間に何かトラブルが有るみたいだ。
俺は巻き込まれた形だが、どちらの味方になるかと言うと、やはり知性の低そうな猿人間より、獣人とは言え可愛い女の子の方だろう。
俺は彼女の求めに応じて、軽トラを走らせる。
ギアを一速に入れて、今まで切っていたクラッチをつなぐ。
「う、動いた!」
彼女が喜びの声をあげる。
一瞬後輪を空転させ、俺は前方の猿人たちに向かって突進する。
驚いた彼等が叫びながら、進路から飛び退く。
俺はその横をスピードを上げ、通り抜ける。
そのまま、林道をかなりのスピードで走り、猿人間達を置き去りにする。
「た、助かった?」
獣人の少女は振り返って、リアウインドウから直接後ろを見てそう言う。
どうやらバックミラーを見ると言う習慣はない様だ。
どちらにせよ、すぐに猿人間達は見えなくなる。
「ああ、お嬢さんちょっと良いかな?」
落ち着いたところで、俺は運転席に座る彼女に話しかける。
「なっ!だ、誰だ!?」
いきなり声を掛けられて、彼女は驚いたように辺りを見回す。
どうやって俺が声を出しているかと言うと、実は軽トラに装備されているラジオのスピーカーを使っている。
安い軽トラックはオーディオシステムとかカー・ナビゲーションなんて物はオプションでしか装着できない。
もちろん、そんなオプションは付けていなかったが、それでも最低限のカー・ラジオだけでも付いていて良かったと思う。
「落ち着いてくれ、俺は君が乗っているこの軽トラックだ」
俺は重ねてそう言う。
喋っている言葉は彼女が使っていたのと同じ言語だ。
どういう原理か、思った言葉が自動的に翻訳されて、ラジオのスピーカーから響いている。
便利ではあるが、やはり変な気分だ。
「ケイト・・・ラック?」
少し落ち着いたのか、きょとんとした表情になる。
「ええと、君が乗っているこの自動車だ。俺もどういう訳なのかは分からないけれど、この車が君に話しかけている。・・・OK?」
俺はなるべく優しい口調でそう言う。
「この魔動車、喋るのか?そんなのが有るとか聞いた事が無い!」
彼女がそう言う。
「あ~、その『魔動車』が何なのかは良く分からないんだが、一応俺は人間・・・元人間だ。多分だが、こことは違う世界からやって来た。これも多分だが、世界を移動する際にこの車の形に姿を変えられたらしい」
俺は憶測を交えてそう説明する。
「違う世界?何かの物語でそんな話を聞いて事が有るけど、本当にそんなのが有るとか信じられない。誰かが造った新型の魔動車と言う方がまだ説得力あると思うけど・・・そんなのが森の中に誰も乗ってないで置いてあったのも変な話か・・・」
彼女の言葉に、俺は少し考える。
一応彼女は異世界と言うものを認識しているらしい。
だが、俺の世界でも漫画やアニメで異世界物は有るけど、実際に異世界に行った人や、異世界からやって来た人は俺の知る限りでは居ない。
それこそ物語の中での存在でしかない。
多分だが、異世界転生だとか、異世界転移だとかはそう頻繁に起こる物ではない様だ。
そうなのだが、実際に俺がこの世界に来たのは事実なのだから、どうしようもないのだが・・・
そこまで考えて、俺はその考えを振り払う。
考えてどうにもならないものは、考えるだけ無駄だろう。
それよりも、喫緊の問題を解消するのが先だ。
「ああ、この際、異世界とかはいいや。実は俺、今腹が減っているんだ。その『魔動車』とかの燃料が有るなら欲しいんだが、どこかで給油できないかな?」
「え?『燃料』?『給油』?」
軽トラのペラペラな座席に座った彼女が、顔に疑問符を浮かべる。
「そうだ、ガソリンが有れば良いんだが、最悪、他の油だったとしても、こう、転生特典の御都合主義でなんとか使用できる様に成ってるとは思うんだけど・・・」
俺はそう説明するが、彼女はまだ理解できていないという表情をしている。
「ああ、給油の代金は無いんだけど・・・、そうだ、さっきの猿人間から助けてあげた分でなんとかならないかな?足りなければ、今後も君を乗せて好きなところに運んであげよう。どうだろうか?」
俺はそう提案する。
「いや、油なんかどうするんだ?油なんて、食べ物を揚げるか、明かりにするくらいしか使い道が無いだろう?」
彼女のその答えは、俺の予想の範囲外だった。
「え?それじゃあ、その『魔動車』とか言うのはどうやって動くんだ?」
彼女の言葉に、俺は聞き返す。
「私も魔動車なんて見た事があるだけで、乗ったことは無いけど、確かこうやって、魔力を籠めると動くとかって聞いた事がある」
そう言って、彼女がハンドルを握る手に力を加わえる。
次の瞬間、彼女の手からハンドルを伝わって、『何か』が俺の中に注ぎ込まれるのが分かった。
これが『魔力』なのか?
燃料計の目盛りが少し上がったのが知覚出来た。
先程まで感じていた空腹感が僅かに癒される感じがする。
「おお!なるほど、燃料じゃなくて、こうやって補給されるのか?給油するより簡単でいいな!」
俺は感嘆の声をあげる。
「・・・腹減った・・・」
今度は彼女の方がそう言って、ハンドルに突っ伏す。
「だ、大丈夫か?もうやらなくていいぞ!」
俺が慌ててそう言う。
「大丈夫。少しすれば魔力は戻るから」
彼女は腰の辺りに下げていた水筒を手に取り、水を飲みながらそう言った。
燃料計の目盛りは十分の一程回復している。
満タンで500kmほど走れるから、これで50km分は行けるか?
とは言え、こちらの空腹が解消しても、乗り手が代わりに腹ペコになるのは困った話だ。
「この先に私の荷馬車が有る。そこに行けば食料が有るから、なんとかなるだろ。行ってくれるか?」
水を飲んで人心地ついた彼女が、前方を指してそう言う。
「分かった。俺としても君の魔力が頼りだ」
俺はそう答える。
「ありがと。荷馬車は壊れてるから、代わりが手に入るのは有難いな。魔動車なんて高級品だ」
彼女がそう言う。
「しかも、喋る魔動車とか、もしかしたら私はツイてるのかもしれないな。よろしく頼むよ、ええと、ケイト・ラックだっけ?」
「いや、軽トラックってのは車種の名前って言うか、俺の名前は虎峰啓治・・・ケイジと呼んでくれ」
俺はそう言う。
ケイトって普通女性の名前だと思う。
ラジオから響かせている声は、以前からの俺の声と同じ男性のものだ。
「分かった。ケイジだな。私はラクティだ」
俺の中の運転席に座った獣人の少女が、そう言う。