3-5
次に俺達が魔法陣を設置したのは、小高い丘の上だった。
前回の森の中に比べれば見通しが良く、眼下に戦場が良く見えた。
この場所は、両軍が向かい合った側面の位置だ。
両軍の間で、まだ戦端は開かれていない。
先程のリタの戦術魔法が効いているのか、敵陣の一部が混乱しているのが遠くからだが何となく分かる。
「もう一丁、喰らえ!!」
リタが、追い打ちの戦術魔法を放つ。
直接目標が見えるので、今回は狙いが付けやすい。
魔法の直撃を喰らった敵陣が更に混乱する。
しかし、敵陣の中からこちらの方に向かってくる一団が見えた。
「あれは竜騎兵だな。流石に開けた場所で魔法を使えばすぐに見付かるか」
それを見たラクティがそう言う。
俺が元居た世界では、竜騎兵は銃を装備した騎馬兵を指していたが、この世界では本当に竜に乗った騎兵を指すらしい。
この世界には魔法が有る為に、火薬や銃器の類は発展していないらしい。
二足歩行するタイプの恐竜、ラプトルみたいな奴の背中に全身フルアーマーの騎士が乗っている。
馬に比べると乗せられる重量は少ない様だが、駝鳥の様に走るその速度は馬以上に見える。
当然と言えば当然だが、攻撃を受けて、その攻撃主が見える所に居るのなら、直ぐにそいつを倒すために戦力を差し向ける。
リタが使った戦術魔法は強烈な光を放っていたので、こちらの位置も一目瞭然だっただろう。
「あいつらには二日酔いの呪いは効かなかったのかな?」
まだ距離が有るので、俺はのんびりとそう聞いた。
「そうだな。金持ちの貴族の兵なら呪い避けの護符を持ってるだろうから、効きは悪いはずだ」
軽トラの助手席に戻りながら、リタはそう言う。
「はあ、何処の世界でもやっぱり金か・・・」
俺はそう言う。
「お金は大事だぞ。私達がこっちの国の仕事を受けに来たのはエルデリータに会う為も有るけど、こっちの方が金払いが良さそうだったってのも有るからな」
再び軽トラを発進させながら、ラクティはそう言う。
竜騎兵はかなりの速度で迫って来るが、こちらもそれなりの速度が出せるし、距離が有るので追い付かれることは無いだろう。
「もちろん、今回の報酬は弾むぞ。第一、うちのお偉方は前面戦力以外にも兵站の重要性を分かってるからな。そちらの金もケチらない」
リタがそう言う。
なるほど、さっき見た両軍の布陣では、味方側の兵数が敵側に比べて少ない様に見えたけど、こちらの国は正面戦力以外も含めた総合力で優位に立とうとしているらしい。
「流石だな。それに俺達のこの戦い方、機動力のある乗り物に、強い火力を乗せ、敵に発見されても速やかに陣地転換しながら攻撃を繰り返す。君の様な優秀な魔法師が居る事が前提だが、その発想力は大したものだ」
俺はそう言った。
これは元の世界での砲撃戦の基本だ。
現代に於いては、レーダーとコンピュータが発達した事により、砲弾の軌跡の解析し発射地点を即座に割り出す事が出来る。
その為、砲撃した側も同じ場所に留まっていると、反撃を受ける危険が有る。
なので、砲撃後は速やかに撤収するのがセオリーだ。
その為に現代の砲は牽引式だったり、装輪車両に搭載されていたりする。
リタは、俺の言葉に少し驚いた様だった。
「ほう、初見でこの作戦の有用性を論理的に説明できる者が居るとは思わなかった。軍の上層部に上申した時も、筆頭魔法師の俺が何度か説明して漸く理解してもらえたって言うのに」
「ああ、それは俺の世界では良く在る戦術だからだ。俺の世界には魔法は無いけど、代わりに火薬を使った大砲とか機関銃ってのが在って それを車両に乗せて使う。専用の車両を作る場合も有るが、応急的に在り合わせの車に載せたりする場合も有るな。テクニカルって言うんだけど」
俺はそう説明する。
「なるほど、こちらの世界でも馬車や魔動車に魔法兵を乗せて機動力を持たせようと言う研究は無い訳じゃないんだが、馬車は遅すぎるし、狭くて険しい山道を確実に走れる魔動車は中々無くてな」
「それで、良く作戦の許可が出たな」
リタの話にラクティがそう言う。
「ああ、軍に丁度良い魔動車が無かったんで、運び屋ギルドに探しに行ったんだ。君等に会えたのは運が良かった。戦術魔法の威力を考えると魔法陣はあれ以上小さくは出来ないし、それを載せた上で山道をこれだけの速度で走れるのは凄い性能だ」
リタが俺の事を褒める。
「ケイジは自分の元居た世界の魔動車の形になってしまっていると言っていたが、これは君の世界でも最高級の魔動車なんじゃないか?」
そう言われるが、俺は少し複雑な気分になった。
「あ~、別にそんなことは無い。軽トラは田舎では良く走ってる車だ。便利ではあるけど高級なんて事は無い」
「そうなのか?」
「そうだな、この世界の安い荷馬車くらいのもんだ。主に農作業とかに使われるし、俺もしがない農家だった。そんな俺が買えるくらいだったからな」
「ふーん、だが、用にかなうなら十分ではないか。こんな凄い魔動車が農民でも買えるとか凄い世界だな。と言うか、農民がさっきの様な軍事知識まで持っているとかどう言う事だ?」
リタは更に、不思議そうな顔をした。
「ええと、インターネットと言うモノが在ってだな。誰でも世界中の情報に触れることが出来るんだ。まあ、全部が正しいとは限らないんだが。さっきの話もそこからの受け売りだから、そんなに正確じゃないとは思う」
「ふむ興味深い」
どうやら俺の世界に対して興味を持ってしまったらしい。
それも良いんだが、俺を人間の姿に戻す方にも頭を使って欲しい。
色々と話し合いながら、俺達は第三の場所にやって来た。
もはや慣れた手順で、魔法陣の描かれた絨毯を敷き、戦術魔法を放つ。
「ありゃ?抵抗された!」
魔法を発動させた後、リタがそう言う。
前回までと違い、魔法を放った方向、敵陣が在る辺りの空が明るく光るのが見えた。
ここに来る前の夜にラクティと見たのと同じ感じの光だった。
どうやらあの光は戦術魔法に抵抗した時に発せられるものらしい。
「大丈夫なの?」
ラクティが聞く。
「まあ、流石に三発目は対抗措置をとるよね。でも、こっちもそれは予測してる」
リタが説明を始める。
「多分相手は、対戦術魔法防御を組み替えたんだと思う。味方陣地に向けて展開していたのを全方位防御に切り替えたんだろう。俺が一人で放つ程度の魔法なら、全方位に薄く展開しても防げる・・・だけど」
リタがそこまで言った時、敵陣の方向から今まで以上の閃光が上がるのが見えた。
「ほら、来た!!」
そう言った彼女は、近くの背の高い木に登って行く。
貴族の娘と言っていたが、無駄に木登りが上手い。
ここはまた森の中なので、直接敵陣を見ることが出来ない。
なので、確認の為に高い所に登る必要がある。
「俺達が場所を替えながら、チクチク攻撃してたのは、今の様に対抗魔法を全方位に向けさせる為だったのさ。そうすればフィーナ達本隊の魔法師団が放つ大規模戦術魔法に抵抗出来なくなる」
木の上に登って、敵陣の様子確認しながらリタがそう言った。
「お、味方の部隊が突撃を始めたな」
同じように木に登ったラクティがそう言う。
俺には見えないが、戦術魔法で動きが鈍くなったところに、剣や槍で武装した歩兵部隊が直接打撃に出たのだろう。
「あれは我が魔法師団が誇るストライク・レッグの呪いだ。向う脛を硬い物に痛打したのと同じ幻覚を与える。ほんの少しの間だが、まともに歩くのも難しいだろう。護符を持つ上級兵にはあまり効かないかもしれないが、下級兵には良く効く。そして数的に軍の大半は下級兵だ。どんなに上級兵が強くても数の暴力には勝てない」
「ほんとだ。隊列も組めてないから、あっという間に総崩れだな」
木に登った二人が、戦況を解説してくれる。
「ふふん。勝負あったな」
リタが勝ち誇る。
「でも、逃げ出した敵兵がこっちの方に来るぞ?」
ラクティがそう言う。
俺達は、敵陣の側面から後方に掛けて迂回する様に移動して来た。
今は敵の真後ろに居る事になる。
ここに居ると壊走した敵兵が殺到して来るだろう。
戦時急造戦闘車の弱点は攻撃力はともかく防御力が貧弱な事だ。
ましてや俺はただの軽トラである。
リタがするすると木から降りてくる。
「・・・ヤバイ。逃げよう」
そう言う。
「想定してなかったのかよ?!」
俺がツッコミを入れる。




