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軽トラを停めて、リタとラクティは丸めた絨毯の様なモノを荷台から一つ降ろす。
なるべく平らな地面にそれを広げた。
実際、それは絨毯その物で、表面に何かの模様が描かれている。
「これが移動式簡易戦術魔法陣だ。魔法銀の糸で魔法陣を描き、魔力源に要所に幾つかの魔石を仕込んである」
リタがそう説明した。
地図と方位磁石を懐から取り出し、方向を入念に確認する。
「さっき言った様に対戦術魔法にも指向性が有って、通常、正面の敵陣に対して展開している。多くの戦術魔法師は対人戦では脆弱だから、他の兵士を護衛に付けなければいけないから、本陣に近い所に置くのが一般的だ。その場合、正面から戦術魔法を撃ち合っても、決定打にはならない。だからこうやって、それ以外の方向から撃つ。一人で発動させる戦術魔法は威力は低いが、確実に効くはずだ」
そう言いながら彼女は絨毯の表面に縫い付けられた魔石を手にした杖で順番に小突いていく。
魔石が光り出し、点と点を結ぶ様に刺繍された銀色の糸も光り始め、絨毯全体に魔法陣が浮かび上がって行く。
「戦術魔法・宿酔黄陽光陣!!」
リタが叫ぶと、魔法陣の光が目が眩むほどになる。
光の爆発と同時に、『何か』が彼女の向いている方向に飛んで行ったのが感じられた。
多分それが魔力とか言うモノなのだろうと俺は思った。
森の木々に遮られて見えないが、その方向には敵軍の陣地が有るはずだった。
「良し!手応え有った!」
リタがガッツポーズをする。
「今ので、攻撃が成功したのか?」
俺はそう聞く。
直接敵陣が見えないので俺には実感が湧かない。
「魔法の発動は完璧だったし、抵抗された感触も無いからな。多分上手く行ったはずだ」
リタはそう答える。
「ただ、一人でやる簡易戦術魔法だからな、被害はそんなに多くは無いだろう。だから次の場所に行ってもう一発やる。魔法陣は三つ用意して来たから、出来ればあと二回撃ちたい」
そう言いながら、軽トラの助手席に戻って来た。
「使い終わった魔法陣は置いて行って良いんだな?」
運転席に乗り込んだラクティが、軽トラを発進させながらそう聞く。
「ああ、使い捨てだ。魔石も一回分の容量しかないのを組み込んでる」
リタがそう答える。
「さっきので、どれくらいの敵を倒したんだ?」
また森の中を走りながら、俺はリタに聞いた。
戦争とは言え、人の命を奪う片棒を担いだと思うと、やはり気が重い。
ラクティもリタもこの世界の住人だから、慣れているのかもしれないが、俺はやはりまだ平和ボケした日本人だ。
「そうだな、低威力だけど、千人くらいには効果が有ったと思うぞ」
千人!?
たった一人でそれだけの戦果を挙げるとは、恐ろしい。
「うん?効果?」
俺はふと聞き返す。
「ああ、戦術魔法は別に火の玉とか直接的に攻撃するモノじゃないぞ。どっちかと言うと呪いに近いのかな?」
ハンドルを握るラクティがそう言った。
それなりに長く付き合っている彼女の方が、俺のこの世界に対する常識知らずぶりに気付いてくれる。
「ああ、そうだな。今回の魔法は集団に対して幻覚を与えるモノだ。受けると酷い二日酔いに似た症状を覚える。死にはしないが、まともに戦闘は出来ないだろう。そこを本隊の兵士達が攻撃するんだ」
リタがそう説明してくれた。
俺は少し胸を撫で下ろす。(軽トラに胸は無いが)
戦闘に於いて不利になり、それで命を落とす敵兵士も居るだろうが、自分が直接相手の命を奪う手助けをしていないだけでも、気が楽だ。
「それでも、一人で千人規模の相手に術を掛けるなんて、流石だな」
ラクティがリタに対してそう言う。
「ふふふ」
褒められて、気分が良くなったらしいリタが子供の様な胸を張る。
「ふと思ったんだが、リタは今何歳だ?」
俺は何気なくそう聞いた。
エルフという事は、見た目通りの年齢ではないのだろうと思ったのだ。
少女の様に見えるが、もしかしたら百歳以上だったりするのだろうか?
「・・・」
俺の質問に、彼女が押し黙る。
「・・・あっ、済まない、女性に年齢を聞くのはマナー違反だったな」
俺は慌てて謝る。
その言葉が、更に車内の空気を悪くしたような気がした。
ラクティも黙っている。
「ああ、もう、悪かったな、二十歳だよ!どうせそうは見えないだろ!」
沈黙に耐えられなかったのか、リタがヤケクソの様にそう言った。
「あ、同い年だ」
ラクティがそう言う。
だが、俺は少し混乱した。
「え?そうなのか?俺はてっきりもっと年上かと・・・」
「は?どう言う事だ?」
リタも何故か可笑しな表情をした。
「ええと、だから、エルフだから見た目が若くても年齢を重ねてるのかなと・・・その見た目で二十歳と言うの十分年齢が行ってるが」
「エルフだから?そこが分からないな。子供なのに筆頭魔法師なのが可笑しいって思ってたのと違うのか?」
リタが更に不思議そうな表情をする。
「ええと、エルフって長寿なんじゃないのか?何百年も生きたり出来るとか・・・」
俺がそう聞く。
「なんだそれ?確かに他の人種より長生きだったりするけど、百歳を超えるのはそんなに居ないぞ?」
リタがそう言う。
「ああ、異世界からの転生者だとか言ってたな。そっちの世界のエルフは何百年も生きたりするのか?」
俺にそう聞き返す。
その考えは予想外だった。
「いや、俺の世界にはエルフは居ない。ただ、アニメや漫画・・・ええと、創作物とか伝承の中ではエルフはたいてい長寿設定なもんだから、そう思ってたんだ」
俺はそう答える。
「ケイジから聞いた話じゃ、ケイジの世界にはノーマルしか居ないって話だった」
ラクティがそうフォローしてくれる。
「居ない人種の寿命がどうして分かるんだ?」
リタが首を傾げる。
「ああ、アレか、この世界でも別の大陸にしか居ない人種が有るんだ。例えば巨人族。今はそんなこと言う人は居ないけど、昔は人伝に話が伝わって来て、山より大きいとか言われてたけど、実際は成人でも2メートルをすこし超える程度だったってオチ。伝承で話が伝わって行く内に大げさに成っちゃった奴だ」
助手席でリタが手を叩いてそう言う。
そうなのか?
そうなのかも知れない。
考えてみれば、互いに交配が可能な種族を人類と定義しているこの世界では、形質に差が有り過ぎる人類は居ないのだろう。
俺は何となく納得した。
それでも、俺の中のロマン心が少しだけがっかりしている。
「だけど、二十歳でも、その若さで筆頭魔法師ってのは凄いよな」
俺はそう言う。
「魔法の腕には自信が有るからな。まあ、親がこの国の貴族ってのも有るけどね」
リタはそう言って、舌を出す。
「そう言えば、あのフィーナって娘は?」
俺はそう聞く。
「あの娘は十八歳だ。年下のくせして、発育が良くて羨ましい・・・いや、あれくらいが普通なんだけどな・・・」
リタが苦々しい声で、そう答える。
確かに彼女は見た感じ、そのくらいの年齢に見えた。
という事はリタ、エルデリータが実年齢より大分幼く見えるのは、エルフだからではなく、彼女個人の資質らしかった。




