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「・・・と言う訳で、戦術魔法と対戦術魔法防御魔法は指向性が有るから、お互い向かい合った状態では決定打を与える事は難しい。しかし従来の戦術魔法は数十人から場合によっては百人以上の手練れの魔法師が必要で、この大規模な魔法師部隊を速やかに移動させるのも難しい・・・」
ラクティが運転席で軽トラを運転し、助手席に座ったエルデリータが今回の作戦の概要を説明している。
俺達は、ベルディーナ王国とワリン王国の両軍が向かい合う戦場から少し離れた山道を走っていた。
専門用語の多いエルデリータ・・・リタの説明についていけないのか、ラクティは上の空だった。
「ええと、エルデリータさん、細かい理屈とかは良いんだ。良く分かんないし。私達運び屋は頼まれた荷物を運ぶだけだから」
ラクティがそう言って、リタの話を遮る。
今、俺達は荷物として筒状に丸めた大きな絨毯の様なモノを三つほど荷台に積んで運んでいる。
巻物は荷台から少しはみ出すくらいには大きい。
運び屋ギルドの所に彼女と一緒に来たフィーナと言う女性は、今は乗っていない。
乗る席が無いのも有るが、彼女にはまた別の仕事が有るそうだ。
「リタと呼んでくれ。そうか、作戦の詳細は興味が無いか・・・」
聞かれてもいないのにペラペラと喋っていたリタは、少ししょんぼりとする。
今回の作戦は彼女が立案して、最も重要な部分も彼女自身が行うそうなので、誰かに話したくて仕方ない様に見える。
「目的地はもう少し先だ。そうだな、別の話でもするか?」
気を取り直したのか、リタは再び口を開いた。
彼女は依頼人でもあるが、荷台の巻物と同じく荷物でもある。
無理に話をする必要はない。
お喋りなリタに対して少し辟易としていたラクティは少し嫌な顔をするが、依頼人に対しては気を使うのかそれを口に出したりはしない。
そこそこ大人な対応だ。
しかし、リタの次の言葉に焦る。
「この魔動車、普通じゃないな?魔力の流れが普通の魔法機械の様に単純じゃない。まるで生き物、人間の様にも見える。どこで手に入れた?」
「!」
ラクティが息を飲む。
あの時の意味ありげな視線は、俺の正体に気付いていたって事か?
俺がただの軽トラではないと見抜くとは流石エルフ、筆頭魔法師と言ったところだろうか?
それだけの実力が有ると見込んでいたから、彼女に会ってみたいと俺は思っていた。
何処かのマッド・サイエンティストみたいなのに捕まって、解剖と言うか、分解でもされたら困るから、慎重になって正体を隠していたが、気付かれてしまったのなら仕方ない。
「ああ、まずは驚かないでくれ。俺はケイジ。君が見抜いたように普通の軽トラ・・・魔動車ではない」
俺は軽トラに装備されているラジオのスピーカーを通して、話しかける。
「おう!やっぱり俺の思った通りだ。ただの魔動車じゃないと思ってたんだ。その上、喋る事まで出来るとは興味深い!」
リタが驚きと言うか、喜びの声をあげる。
この状況では隠してもしようがないと思ったのか、ラクティは俺が話すのを止めたりはしない。
「話すと長いが、俺は一応元人間なんだ。だから、分解とかはしないで欲しい」
俺はまず最初にそれを伝える。
まだ会ったばかりで良くは知らないが、リタにはある意味マッド・サイエンティスト的な偏執的な研究者の素質が有る様に見える。
それでもまだ、俺の事を人間と認識してくれれば、いきなり解体するとは言い出さないくらいの理性は有ると思っていた。
「元人間?それが何でこんな姿に?まあ、安心してくれ。他人の所有物、ましてや意志を持って話す者を勝手に実験体にはしない」
リタがそう言ってくれて、俺は安心した。
それでもまだ、彼女は俺に対して興味津々なのを隠したりはしない。
「ありがとう。ええと、それから、俺達がこの国に来たのは実はあんたに会う為だったんだ。と言うか、魔法について詳しい人間を探していて、この近辺では君が一番だと聞いたからな」
俺はそう言う。
「ほう、それは光栄だね」
俺に色々聞きたいことが有る様だったが、リタは一旦落ち着いて、そう返す。
「さっき言った様に、俺は元人間なんだが、どうしてこの姿になったのか、俺自身も良く分かっていない。それで、可能であるなら元の姿に戻りたいんだが、俺達はその方法を探して旅をしている」
「ふむ、興味深いな。しかし、俺も人を魔動車に変える様な魔法は知らないし、それを元に戻す方法も当然分からない」
リタの答えに、俺は少しがっかりする。
「だが、こうして目の前に喋る魔動車が居るのだから、実物を調べれば分かる事も有るだろうな。見た感じは少し変わった魔動車でしかないが・・・」
彼女がそう言う。
やはりそうなるよな。
問題は調べる程度だ。
出来れば、分解とかせずに済めば良いのだが。
「それなんだが、少し前に大きな猪のモンスターとぶつかってケイジが壊れた事が有って、その時は私の治癒魔法で治ったんだが、普通、治癒魔法で魔動車は治らないよな」
ラクティがそう言う。
「そうだな、普通、生き物以外に治癒魔法は作用しない」
「と言う事は、こんな姿でも俺は生き物だって事か?だとしたら、ラクティの話じゃ治癒魔法は生き物の体組織を活性化させて、本来在るべき姿に戻す魔法だそうだが、だとしたら、もっと強力な治癒魔法を掛ければ、俺は元の人間の姿に戻れたりしないだろうか?」
俺は自分の考えを述べる。
ラクティの治癒魔法では、そうはならなかったが、もっと強力な魔法師ならどうだろうと考えたのだ。
「うーん。私見ではあるけど、難しいかな?確かに治癒魔法で怪我は治るが、どんなに強く魔法を使っても大人が子供になる様な若返りの効果は無い。時を遡るような効果は無いのだから無駄だろう。治癒魔法が効くという事は今のこの姿が正常な状態だと君自身が認識しているという事だ。どうして今の姿になったのか、それが分からない限り、どうしようもない」
少し考えてから、リタがそう言った。
いや、俺がこの姿を正常な状態だと認識しているとか、無いと思うんだけどな。
最近慣れて来たとは言え、軽トラの身体とか違和感しかないんだけど。
「・・・どうしてか?それが分かれば苦労は無いんだけどな・・・」
俺はそう言う。
「・・・元の世界で交通事故を起こしたと思ったら、気が付いたらこの世界で軽トラの姿になってたし、その時転生させた神様か何かがそうしたとしか言えないんだよな・・・」
「いや、ちょっと待って、元の世界?転生?そう言う事は先に言え!」
俺の言葉に、リタが叫ぶ。
ああ、そうだった。
確かに、異世界転生は大変な出来事ではあるが、俺としては、軽トラの姿に成った事の方が一大事だったので、その事を言い忘れていた。
元の世界ではそこそこのオタクだった俺は転生モノの漫画やアニメを見過ぎていたので、そこら辺はあんまり気にしていなかった。
それよりも、人間以外、しかも軽トラに成った事の方が衝撃的過ぎた。
取り敢えず俺は転生時の状況を自分が覚えている限り、リタに説明する。
「ふむ、異世界からの転生か。そんな事例は聞いた事は無いが、それもまた興味深いな・・・」
彼女はそう言って、また深く考え込む。
「それはともかく、そろそろ当初の目的地だけど?」
山道を軽トラを走らせて来たラクティが、速度を緩めてそう言う。
「おっと、そうだった。作戦中だったな。ケイジだったっけ?お前の話はまた後にしよう」
道の脇に軽トラを停めさせ、リタはそう言った。
「この作戦に、祖国ベルディーナ王国の興亡と、俺のボーナスと、今後の自由な魔法研究生活が懸かっているからな!」
一部私利私欲にまみれた動機を語って、彼女はその作戦の準備を始める。




