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次の日、俺達は小さな街に到着した。
国境近くの街で今回の戦場にも近いので、住人の大半は既に別の所に避難している。
一般人は少なくなっているが、その代わり、軍人らしき人達と、それを相手に商売をする人が多い。
商売人は、食べ物や物資を売る人、後は『春』を売る人達だ。
軽トラではあるが、魔動車を運転する人間は目立つようで、昼間だが、ゆっくりと走っていると声を掛けてくる者も居るが、ラクティが女だと分かると、直ぐに興味を無くす。
その女達は種族も様々で、ノーマルの人間も居れば、ラクティの様な獣人、エルフやドワーフも居る。
皆着飾って化粧なんかもしている。
全体的にケバイ。
それでも、俺も男・・・軽トラだけど一応男のメンタルなので、少しドキッとしてしまう。
ゆっくりと街中を進み、この街の運び屋ギルドの建物まで行く。
目の前が戦場ではあるがギルドの職員は残っていて、軍からの運送の仕事を皆に割り振っているそうだ。
民間の運び屋と言えど、戦場で仕事をするのだから、集まってくる連中はガラの悪そうなのが多い。
「おいおい、魔動車なんかで乗り付けて来るなんて、どんなやり手かと思ったら、獣人のお嬢ちゃんかよ」
軽トラから降りたラクティに対して、ガラの悪そうなのが声を掛けてくる。
ノーマルとドワーフらしき中年の男だ。
二頭立ての馬車の御者台から、ニヤニヤとした顔でこちらを見ている。
「戦場は危ねえぜ。せっかくの魔動車が壊されたら目も当てられねえ。どうせならもっと安全な後方で仕事した方が良いんじゃねえか?」
主に話しかけてくるのはノーマルの男の方だ。
親切めかして言っている様にも聞こえるが、相手を見下す様な目付きがどうにも嫌な感じだ。
ドワーフの方は無口なのか特に何も言ってこない。
それでも相方の態度に、口を挿まないところから、良い奴と言う訳でもなさそうだ。
ラクティは敢えて相手をせず、建物の方に歩いて行く。
「おいおい、無視するなよ。親切心で言ってるんだぜ。か弱いお嬢ちゃんにはもっといい仕事が有るだろう。例えば夜のお仕事とかさ。何なら俺が買ってやってもいいんだぜ」
男は馬車の御者台から降りて来て、ラクティに絡んでくる。
その目付きが嫌らしい。
ノーマルなのに獣人の娘に言い寄るとか、こいつケモナーか?
以前会った獣人の旦那とノーマルの奥さんの夫婦の様に、種族が違うカップルも普通に居る世界の様だから、異種族間でそう言う事も可笑しな事ではないのだろう。
それでも、無理矢理言い寄るのは良い事だとは思えない。
俺自身はケモナーではないが、ラクティの事は相棒であると同時に、娘か年の離れた妹の様に思っている。
それを嫌らしい目で見る奴には腹が立つ。
例え虫食う系女子だとしてもだ。
人前では俺は声を出さない様に彼女と取り決めをしているが、思わず間に入って文句を言いたくなる。
俺がどうしようか迷っていると、視界の端に別の陰を見付けた。
後ろの方から小さな銀髪の少女が走って来る。
よく見ると、ウェーブの掛かったショートカットの髪の間から尖った耳が見える。
エルフだろうか?
「見た事の無い型の魔動車だ。小さいが荷物は載りそうだな。足回りもしっかりしているから不整地も走れるか・・・」
もめているラクティと男の方は完全に無視して、何故か俺=軽トラを観察し始める。
ジロジロ見られて、軽トラなのに何故か恥ずかしいという感情が湧いて来る。
「ああ、お嬢さん。それは私のだけど、何か用かな?」
ギルドの建物の方に行こうとしていたラクティが戻って来て、女の子に聞く。
「お前がこの魔動車の持ち主か?どうだ、俺の仕事を受けないか?」
銀髪のエルフの少女がラクティにそう言う。
「仕事?私は運び屋だけど、そう言う仕事か?って言うか、普通はギルドを通すべきじゃない?」
ラクティがそう言うが、例の男が割り込んでくる。
「待てよ、まだこっちの話が終わってねえんだ。エルフのガキはすっこんでな!」
運び屋の男が、エルフの少女に邪魔そうに手を振る。
「別にお前と話す事なんか無いけど?」
ラクティは逆に男に対して、彼が少女に対してしたのと同じ様に、ハエを払うかの様にしっしっと手を振った。
それに関しては俺も同感だが、男は額に青筋を浮かべて怒り顔になる。
彼が何かを怒鳴ろうとした時、彼の相棒らしきドワーフがいつの間にか後ろに立ち、彼の肩に手を掛ける。
「おい、止めておいた方が良い」
今まで、男の無礼を放っていたのに、急に制止し始める。
「なんだよ、いったい!?」
男は邪魔そうにドワーフの手を払おうとする。
「だから、そいつは・・・」
どう言う訳か、ドワーフの男は例のエルフの少女に対して畏怖の視線を向けている。
「エルデリータ様!!一人で先に行かないでください!」
その時、向こうの方から、また別のエルフの女性がやって来る。
こちらの方は金髪で、ちゃんと大人の女性に見えた。
更には、カッチリした軍服の様な服を着ている。
先に来た少女の服も似たようなデザインだったが、大分着崩しているのと、本人の子供っぽい雰囲気から軍服には見えなかった。
「エ、エルデリータ!?まさか、この国の筆頭魔法師か!?」
運び屋の男が驚く。
俺には国の役職とかは良く分からないが、筆頭魔法師なんて肩書はかなりの身分だとは思われる。
「そうだ、俺がエルデリータ・フォンダリルだ」
子供にしか見えないそのエルフが腰に手を当て、偉そうにふんぞり返る。
その姿に威厳とかは全然ないが、
「し、失礼しました!!」
そう言って、運び屋の男は慌てて逃げて行く。
「ええと、つまり・・・?」
ラクティがハトが豆鉄砲喰らった様な顔になっている。
俺も同じ心境だ。
後から来た金髪のエルフと比べても、成人女性としては小柄なラクティと比べても、頭一つ分は小さい『これ』がここの王国は元より近隣諸国にまで名の通っている軍属魔法師とは思えなかった。
「さて、邪魔者は居なくなった様だから、仕事の話をしようか?」
そのエルデリータが、改めてラクティに向かってそう言う。
「お待ちください、こういう事は先ずギルドを通すべきです」
金髪のエルフが横から口を挿む。
「相変わらず細かいな、フィーナは。俺はこの魔動車が気に入ったんだ。手続きとかはお前がやっておいてくれ」
小指で耳の穴をほじくる様な仕草をし、エルデリータがそう言う。
「いや、まだ受けるとは言ってないんだ。ええと、エルデリータさん?取り敢えず、ギルドの中で話をしないか?」
ラクティがそう言う。
「そうか?そうだな。そうしよう。ああ、俺の事は気さくにリタと呼んでくれ」
見た目通りの子供の様なハイテンションで、彼女はそう言って、ギルドの建物の方へ向かう。
ただの魔動車の振りをしている俺はそれを無言で見送る。
どう言う訳か、可能性は小さいが会えたら良いなと思っていた人物に俺達はあっさりと会う事が出来てしまった様だった。
エルデリータは、ラクティと、フィーナと呼ばれたもう一人のエルフと連れ立って建物の中に入って行く。
ふと、彼女が一瞬だけ軽トラである俺に意味有り気な視線を向けた様な気がした。




