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俺達はまた森の中の道の脇で野営をしていた。
俺の名は虎峰啓治。
どう言う訳かこの魔法が有るファンタジー世界に軽トラとして転生して来た。
元は日本の田舎で農業を営む青年・・・いや中年だった。
一時期はサラリーマンをしていた事も有る。
その前は地方国立大の農学系学部の学生だった。
学生の頃に農業の未来みたいな講義を受けた事も有る。
あまり真面目に講義は聞いていなかったが、大雑把に言ってしまえば、農業とは空気中の炭素、窒素と水を原料に太陽のエネルギーを利用して食料を生産する事だ。
全ては植物の光合成から始まる。
酪農などに於いて、家畜の肉、乳、卵を得るにもその飼料である植物が必要だ。
しかし家畜も食べた餌を自身の肉体を大きくする以外に、自身の生命活動にも使わなければいけないので、餌のカロリーの全てが肉となる訳ではない。
つまり、トウモロコシを牛に食べさせて育て、その牛肉を食べるより、トウモロコシをそのまま食べる方が太陽のエネルギーを人間のカロリーに変換するうえで、コストパフォーマンスが高いと言える。
だがしかし、人間は雑食性である。
牛の様にトウモロコシや牧草などの植物質の物だけを食べて生きていくのは難しい。
世の中にはヴェジタリアンとかヴィーガンとかの人も居るが、アレも不足しがちなたんぱく質を大豆などから採らないと体を壊しかねない。
ちゃんと健康的なヴェジタリアンをするには栄養学的な知識が必須なのだ。
彼等は信念でそれをやっているのだから別に良いのだが、それとは別に、エネルギー変換のコストパフォーマンスの点で考えても肉食は効率が悪いが、それでもたんぱく質の摂取は必要だ。
作る側の理論で言えば、大豆は連作障害が発生するので、数年おきに植えるものを替える輪作が必要である。
家畜は人間が食べられない種類の植物も食べて、たんぱく質を作ってくれるので、ある意味で効率が良いとも言える。
エネルギーの変換効率で言うと、体の大きな家畜程効率が悪い傾向がある。
牛よりも豚、豚よりも鶏の方が効率は良い。
そこで、注目されたのが昆虫食だ。
昆虫の効率の良さは鶏よりも更に良い。
日本では魚が手に入り難かった山間部などでは伝統的に蜂の子やイナゴ、ザザ虫が貴重なたんぱく源として食べられてきた。
近年では食用コオロギが将来の食糧難に向けて注目されている。
まあ、まだ深刻な食糧問題の発生していない日本に於いては、伝統的でない食物に対する嫌悪感から上手くはいっていなかった様だが。
また、太陽エネルギーからたんぱく質への変換効率は良いとしても、コオロギの飼育に掛かる金銭的コストパフォーマンスはまた別の話なので、その辺でも上手くはいっていないと言う話をネットで見た事も有る。
・・・ええと、長々と語ってみたが、俺が何を言いたいのかと言うと・・・
「おい、ほんとにそれ食べるのか!?」
俺は、焚火で焙ったでかいコオロギの様な昆虫に塩を振っているラクティに対してそう言った。
彼女は運び屋で、俺の相棒と言うか、対外的には所有者であるラクティ。
タヌキ型の獣人の女性である。
「そうだよ。こいつはカラもそんなに固くないし、シンプルに塩だけで美味いんだ」
彼女はタヌキ顔に嬉しそうな笑みを浮かべて、そう言う。
いやいやいや、それ、その辺で採って来た虫だろ。
食料なら、まだ俺の荷台に干し肉やら黒パンやらが残っているはずだ。
そっちを食べた方が良い。
俺はそう言ったが、
「保存食はぱさぱさしてて、美味しくないんだ。たまには新鮮な食材を食べたいし」
彼女はそう言う。
いや、新鮮だからって、虫だろ?そんな朝採れ野菜みたいに言われても・・・
俺はそう思ったが、何かを言う前に、ラクティはそれにかぶり付く。
「うん、久しぶりに食べると美味しい」
あっという間に一匹食べ終わり、次を手に取る。
全部で四匹ほどある。
イカの塩辛はダメだと言ったのに、昆虫は良いのか?
元の世界の外国ではイカやタコがダメな人は大勢いる。
食文化は様々だ。
確かに海産物をあまり食べない人から見れば、エビとかシャコを食べる日本人が似た様な陸上の昆虫を食べない理由が分からないかもしれない。
そこら辺は育ってきた環境によるとしか言えない。
いや、ラクティがあまりに美味しそうに食べるので、実は美味しいんじゃないかと思ってしまう自分が嫌だ。
ま、まあ、タヌキも雑食性で、昆虫とかも食べるらしいので、普通の事なのかもしれないが、それにしたって、虫を食べる系ヒロインってどうなんだ?
そう思っていると、突如、夜空に光が走った。
「な、何だ!?」
俺は思わず声をあげる。
ここから離れた場所の空に星の瞬きを掻き消す様な光が一瞬だけ見えた。
「・・・大規模戦術魔法だな」
その方向を向いたラクティがそう言う。
「おいおい、大丈夫か?」
物騒な単語に俺はそう聞く。
「大丈夫だと思うよ。大規模戦術魔法は数十人の軍属魔法師が連携して放つ魔法だけど、その分大部隊に対して使わないとコスパが悪いし、的になる敵部隊も用心して防御術式を展開してるから、まともに喰らったりはしない。何より、ここからはまだ遠いから、流れ弾が来る心配も無いでしょ」
光った方を眺めながら、ラクティはそう説明する。
「とは言え、態々そんな危ない所に行くのもなあ・・・」
俺はそう言う。
光が走った方角は俺達が向かおうとしている目的地近辺だった。
「確かに戦場は危ないけど、それだけ儲け話は有るんだよな。それに、もしかしたら、ケイジが会ってみたいってい言ってた人にも会えるかもしれないよ」
ラクティは冷静にそう言う。
俺達が今向かっている先は、ある二国間の戦争が行われている地域だ。
戦場では正面を切って戦う人達以外にも、その人達に食料や生活用品を届ける人も必要だ。
軍にはそれ専門の兵站部門も有るが、数万規模の軍団になると、全てを賄うのは難しくなる。
そこで、俺達の様な民間の運び屋も活用される。
通常の仕事に比べれば危険も多いが、その分賃金も良い。
別に俺達は金に困っている訳では無いので、無理に危険な仕事をする必要も無いのだが、俺達には仕事以外にもそこへ向かう理由が有った。
それは片方の軍に所属するある高名なエルフの魔法師だった。
一介の運び屋風情が会えるかどうかは分からないが、行ってみるだけの価値は有ると思う。




