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猪の死骸を村まで持って行ったら、待ち構えていた村人達で、一斉に解体を始める。
荷台から降ろしたそれを、皮を剥ぎ、内臓を取り出し、四肢を取り外していく。
慣れた手付きだ。
ここまで大きいのはめったに無いだろうが、普通の野生動物の解体はそれなりの頻度で行っているのだろう。
この辺では、倒したモンスターの肉や素材などの権利は、倒した本人の物になるそうだ。
つまり俺、と言うか、ラクティの物になる。
しかし、こんな大量の肉を彼女一人で食べ切れる訳も無いし、解体・加工も一人では無理だ。
なので、面倒な作業も込みで村の人達に格安で売る事にしたのだ。
肉が欲しい村人に、解体の手伝いをすることを条件に、安く売る。
皮や牙などの素材は村長が買い取って、加工して売るそうだ。
丸ごと専門の業者に持ち込んでもそれなりのお金にはなるが、少しくらい安くなっても村の人達が喜ぶのならその方が良い。
先に取りだした魔石だけでも、結構な価値だから、他でそれ程儲ける必要もない。
もちろん、ダン一家の分の肉も確保してもらう。
彼等の分のお金は取らなくて良いだろう。
食中毒で大変な目に遭っているのも有るし、彼等を運ぶ途中に遭遇したモンスターなのだから、手に入れる事が出来たたのは彼等のお陰でもある。
魔石だけ手に入れて、他の村人達にもタダで肉をあげても良いかも知れないと思うが、それでは無欲過ぎる。
俺達、と言うかラクティが何かを企んでいるのではないかと疑われるくらいのレベルだ。
そこら辺の親切と自分達の利益のバランスは彼女に任せた方が良いと俺は考えを改めていた。
解体が粗方終わり、村人達から集めたお金を受け取って、俺とラクティは再び街へ向かう。
病院で治療している一家を迎えに行く為だ。
昨日から村と街を行ったり来たりしている。
面倒くさい事だが、仕方ない。
収納魔法が無い様に一瞬で移動できる空間転移みたいな魔法も無いお陰で、俺達の運び屋の仕事が成り立つのだ。
病院に着いてみると、レニアと一番上の男の子は大分回復していた。
下の女の子二人はまだ起き上がれないが、山場は超えている。
数日の入院は必要だと言う話だった。
ガジャイモは十年ほど前から盛んに作られるようになった作物だが、当初は食中毒が頻繁に発生していたらしい。
お陰で、その対処方法もある程度確立しているそうだ。
医者に掛かりさえすれば、大抵は治るらしい。
ダンと回復した上の子は今日村に帰り、レニアが下の子の看病の為に残る事が決まる。
畑仕事の為に、誰かが村に居る必要が有るのだ。
「色々と済まなかったな。お陰で助かった」
揺れる軽トラの荷台に乗ったダンが、そう言ってくる。
子供は助手席だ。
来る時は食中毒でぐったりしていた子だが、今は流れて行く景色を楽しそうに見ている。
「構わないよ。お陰で大きな魔石も手に入ったし、肉を売ってお金も入った」
窓を開けた運転席から、ラクティが応える。
「その肉の金だが、本当にタダで良いのか?」
ダンがそう言う。
「大丈夫だ。村長が皮と牙を高く買ってくれたからな。あんた達の分の肉も村長が預かってくれてるはずだから、後で受け取ってくれ」
ラクティがさっぱりした口調で言う。
「代わりと言っては何だが、俺の事は黙っていてくれないか?」
横からそう口を挿んだのは俺だ。
喋る軽トラなんかの噂が広まったら、仕事がやり難くなる。
下手をすると、何処かの組織に捕まって解剖・・・と言うか分解されるかもしれない。
「分かっている。恩人に対して不義理はしないさ」
ダンがそう言った。
「これ、中に人が入ってるんじゃないの?」
父親似の獣人の男の子が、俺のダッシュボードを叩き、不思議そうにそう言う。
一度展開したエアバックもどういう理屈なのか治癒魔法で元に戻って居る。
「あんまり叩かないでくれ、また爆発するかもしれない」
そんな訳はないが、俺は彼にそう言う。
犬顔の男の子は、モンスターと激突した時の事を思い出したのか、慌てて手を引っ込める。
少し驚かせすぎたかな?
俺達は二人を村に送り届けた。
レニアと下の子二人は、後日、乗り合いの馬車に乗って村に戻るだろう。
「色々有ったけど、それなりの儲けになって良かった」
夜の街道脇、焚火の中から焼いたガジャイモを落ちていた木の枝で取り出しながら、ラクティがそう言う。
猪の肉の対価として現金以外にも野菜などの現物で支払った村人も居た。
一部は街で売ったが、売れ残りはこうして自分で食べる。
「芽の部分はちゃんと取ったか?」
あの一家の事を覚えていれば、そんな失敗はしないと思うが、俺は一応そう聞く。
「大丈夫だよ」
ラクティはそう答える。
俺も料理の過程は見ていたので、多分大丈夫だと思うが、念の為に聞いていた。
星が瞬く夜空の下、ラクティと俺は野営をしている。
今は、ダンとレニアの村での仕事は終わり、別の場所に別の仕事を求めて移動している処だ。
「そうそれ、バターを塗ると美味くなるぞ」
焼けたガジャイモを食べるラクティに俺はそう指示をする。
バターは猪の素材と交換した食材の中にあった。
塩入りのバターだ。
猪の脂身の塩漬けも美味そうだが、俺達に生肉を加工する暇は無いので、この方が良い。
「うん、美味い!」
一口食べ、ラクティはその食べ方が気に入った様だ。
ポテトチップスが却下されたので、俺は代わりにこれを教えることにした。
油で揚げるのは手間が掛かるが、バターを塗るくらいなら簡単に出来る。
油脂と炭水化物の組み合わせが美味くない訳がない。
そこにほど良い塩味が加わると最強だ。
ラクティは次々に焼き上がったイモにバターを塗って食べる。
かなり気に入った様だ。
しかし、現代日本で暮らしていた俺は、油分も良いがアミノ酸の旨味成分も加わると更に美味い事を知っている。
バターにも乳たんぱく由来の旨味は有るが、どちらかと言うと脂肪分がメインだ。
「これにイカの塩辛も着けると更に美味いんだ」
「イカの塩辛?」
ラクティは、これより美味いものが在るのかと言う感じで聞き返してくる。
「ああ、海で採れるイカは知ってるか?あれの身と内臓を一緒に塩漬けにした食べ物だ。一見腐ってる様に見えるが、内臓の消化酵素で発酵した感じになっててこれが美味いんだ」
俺はそう説明する。
「ああ、海の近くでたまに食べられてるアレか・・・」
ラクティが少し嫌そうな顔をする。
おや?あまり好きではない感じか?
「一見気持ち悪い感じだけど、これが美味いんだって。今度騙されたと思って食べてみると良いよ」
俺がそう力説するが、ラクティは信じられないと言う顔をしている。
「だって、あれ臭いじゃん。ケイジは色んな事知ってるけど、これだけは信じられないな」
彼女がそう言う。
タヌキめいた顔をしかめるのを見て、俺はそれ以上言えなくなった。
美味いものを食べている時に、そうではないもの、少なくとも彼女がそうではないと思っているものの話をするのはマナー違反だと思ったからだ。
じゃがバター、ではなくガジャバターを教えた事によって上がった俺の株が、これでまた下がったかもしれない。
切ない気分で、俺は夜空を見上げる。




