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その後は特に問題なく、街まで走ることが出来た。
街医者の家まで乗り付け、扉を叩き無理矢理起こして診療してもらう。
報酬として、俺に取り付けていた魔石を提示したら、渋々ながらもレニアと子供全員を見てくれるそうだ。
家族を診療所の中に連れて行った後、ダンとラクティが再び外に出てくる。
「それじゃあ、私達は一旦戻る。明日、また迎えに来るから」
ラクティが、ダンに声を掛ける。
「ああ、村長に言って、村のみんなに手伝ってもらうと良い」
建物の中で何か相談していたらしく、彼女を見送るダンがそう返した。
ラクティが乗り込み、軽トラを発進させる。
「戻るって、村にか?」
俺が聞く。
「あとは医者がやる事だから、私は居ても居なくても同じだし、付き添いは旦那さんだけで十分だからね」
ラクティが答える。
「それと、村にも戻るけど、その前に倒したモンスターの所に行かなきゃ」
そう言って彼女は、街から出る道へ俺を走らせる。
街中は街灯が有り、夜でもちらほらと歩いている人が居る。
医者が住んでいるくらいの地区なので、道は石畳が敷き詰められていた。
来る時よりは余裕が有るので、ラクティと俺は石畳の上をゆっくりと進んで行く。
「有った。結構でかい」
巨大な猪の胸の辺りを短剣で切り開いたラクティが、体内から大きな魔石を取り出してそう言う。
とどめの時に首を切って血抜きの様な感じになっているので、今回はあまり血は出ない。
魔力を宿した拳大の石が怪しく光っている。
魔石はこうやってモンスターの体内から手に入れるらしい。
他には大昔に死んだモンスターの魔石が地面の下で鉱脈の様になっている所もあって、そこから採掘されると言う話だ。
どちらにしても高価な物である。
その上、今回手に入れた奴はレニア達の診療代にした魔石よりも大きい。
「思わぬ臨時収入だな。赤字かと思ったが、収支はプラスになったろ」
俺はそう声を掛ける。
「そうだな、肉も売れば、結構なお金になる」
そう言いながら、ラクティは運転席に乗って来る。
彼女一人では猪本体を軽トラの荷台に載せるのは無理なので、明日朝に村の人達を呼んできて運ぶ事になる。
高価な魔石だけは今手に入れておく必要が有ったのだ。
「でも、たまたま上手くいったけど、一歩間違えばケイジが動けなくなってたし、そうでなくても赤字になってた。治癒魔法だって、結構お腹が空くんだからね」
車を発進させながら、ラクティがそう言う。
少し怒っている様な口調だ。
とは言え、猪のモンスターに突撃する決断をしたのはラクティだ。
彼女が言いたのはその事ではなくて、きっとレニア達一家を助ける為に俺が金を出すと言った事を怒っているのだろう。
「・・・ああ、済まない。勝手に決めてしまったのは悪いと思っている」
俺は取り敢えずそう謝る。
「ほんとだよ。少し待ってれば私から言い出したのに・・・」
「え?」
ラクティのその言葉に、俺は聞き返す。
「だからね、私もあの一家の治療費なら出しても良いって思ってたって事」
夜の山道を軽トラを走らせながら、彼女はそう言う。
「私だって鬼じゃないからね。助けられるだけのお金が有るなら出すよ。ただ、私達のお金も限りが有るからね、出す相手は選ぶよ」
「そうだったのか?」
「うん、あの人達、私達にお金を集っても来なかったし、運賃を値切る事もしなかった。そう言う人達だから、ケイジが助けるって言っても反対はしない」
ラクティはそう言う。
言われて俺は反省した。
俺達はしがない運び屋でしかない。
ちょっと小金を持っていても、それで困っている全ての人を助けられる訳ではない。
今回、彼等一家を助けた事によって、別のもっと困っている誰かを助ける事が出来なくなる様な事も有るだろうし、俺達自身も困窮する可能性だって有った。
何も考えずに彼等を助けると言った俺より、しっかり考えて見極めていた彼女の方が正しい。
三十代後半、アラフォーの俺よりも二十歳の彼女の方が大人の考え方をしていると思うと、自分が情けない。
村に着いた。
教えられた村長の家に行き、事情を話し、明日の朝モンスターの死骸を運ぶ約束を取り付ける。
もちろん俺の正体は明かせないので、ラクティが全部交渉した。
夜が明けて、村の力自慢数人を荷台に載せて、昨晩俺が猪のモンスターと激突した場所まで行く。
幸い野犬とかに食い荒らされてはいなかったので、死骸をそのまま村人達に荷台に上げてもらう。
軽トラックの法定最大積載量は350kgだ。
目測400kgの巨大猪は若干過積載だが、正確に重さを量った訳ではないので多分セーフだろう。
ここだけの話だが、農作業で軽トラを使う時などに正確に荷物の重さを量る事などほとんどない。
それをいい事に、100kg~200kg程度の過積載なんか日常茶飯事だったりする。
その上、そう言う無茶な使用に耐えられるくらい軽トラは頑丈に作られているのだ。
「なあ、この世界には物を収納する魔法とかは無いのか?」
俺は村に向かって軽トラを運転するラクティに聞く。
荷物が重いので、村の人達は軽トラには乗らず、歩きで帰って貰う事にしたので、今は彼女以外の人間は乗っていない。
「収納?物をしまうのになんで魔法が要るんだ?」
ラクティが不思議そうに聞き返す。
「ああ、ええと、後ろのモンスターみたいな大きい物を亜空間て言うか、そんな感じの別の場所に仕舞って持ち運べる魔法とかアイテムなんだけど・・・」
俺はそう説明するが、最初の彼女の反応から、多分そんな便利なものは無いのだろうと推測できた。
「亜空間?良く分からないな。ああ、アレか?昔話の物が幾らでも入る魔法の壺みたいなものか?」
「そう、そんな奴!」
「昔話以外で聞いたことは無いな。もしかして、ケイジが居た世界にはそんな便利なモノが有ったのか?」
ラクティが無邪気に聞き返してきた。
「あ、いや、流石にそんなモノは俺の世界にも無かったけど・・・」
俺はばつが悪そうに答える。
漫画やゲームでは当たり前のモノだが、確かに現実世界にそんなモノは無かった。
俺は自分のゲーム脳を恥じる。
「なんだ、無いのか?ケイジの世界に無いのにこの世界に在る訳ないと思うけど」
ラクティは少し残念そうに、そう言う。
これまでに何度か俺が元居た世界の話を彼女に話したことが有るが、どうやら彼女は俺の世界の事をかなり凄い所だと思っている様だった。
俺にしてみれば、魔法があるこの世界の方が凄いと思うのだが、そこは隣の芝生と言う奴なのだろう。
「でも、そんな便利なモノが有ったら運び屋の仕事が楽になる・・・いや、馬車も魔動車も無しに大量の荷物を一人で持ち運べるなら、運び屋の仕事はあがったりになっちゃうな」
少し考えてラクティがそう言う。
確かに、もし収納魔法なんて有ったら、運び屋の仕事なんて必要ないだろう。
そうなると、荷物を運ぶ為に在る軽トラの存在意義も無い様なものだ。
そう考えると、この世界に収納魔法の様なモノが無くて良かったのかもしれない。
いや、そうじゃない、軽トラじゃなくて、普通に人間の姿で転生していれば、そんな心配も無かったって話じゃないか?
俺は村に向かう道を走りながら、そんな事を考えた。




