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人の命は何よりも重い。
金持ちだろうが貧乏人だろうが、子供だろうが老人だろうが、はたまた性別、人種、その他によってその価値に差をつけるべきではない。
正しい価値観である。
だがそれは元の世界の日本の様にある程度発展した社会の価値観だ。
元の世界でも貧しい国々ではそうでは無いだろうし、日本でも時代を遡ればそうではなかった時代の方が長いだろう。
ましてやここは異世界だ。
少ない食料、お金、そう言った限られたリソースをいかに分配し、なるべく多くの人を生かすか、常にギリギリの選択を迫られている。
犠牲は出したくないが、それが不可避であるならば、どうすれば最小限の犠牲に留められるか、その道を模索するだけ彼等はまだ善良な人達だと俺は思う。
門外漢の俺が彼等の考えを否定するのは、自分が納得したいだけのエゴでしかない。
だがエゴで良いじゃないか。
それが人間なのだから。
だから俺は、正体を明かして彼等に声を掛けた。
「だ、誰だ!?何処にいる!?」「もしかして、その魔動車が喋っているの?」
ダンとレニアが驚いた声を出す。
普通軽トラが話すとは思わないから、彼等が驚くのも無理はない。
「あ~、その通り、こいつが喋った。こいつは『ケイジ』、ちょっと普通とは違う喋る魔動車だ」
頭を掻きながら、少し呆れた感じでラクティが説明する。
「ともかく、こいつの言う通り、全員乗ってくれ。金は私達が出す」
そう言って、俺の荷台を指した。
少し迷った様だが、それでも彼等は軽トラの荷台に乗る。
荷台に人を乗せるのは安全面で問題が有るが、今は緊急事態だから目を瞑る事にする。
「君はこっちだ」
ラクティが一番年上の子を助手席に乗せる。
せめてもの安全の為に、荷台に座った大人が一人ずつ子供を抱きかかえ、残った子を前に乗せるのが一番良いだろう。
「行くよ」
子供にシートベルトを掛けてやった後、運転席に座ったラクティが軽トラを発進させる。
ここまで彼女は俺が勝手にお金を出すと言った事を責めてこない。
「ラクティ、勝手に金を出すと言ってしまって済まない」
ハンドルを握る彼女に俺は謝る。
「別に良いよ」
素っ気なくラクティがそう言う。
軽トラを運転して、夜道を走る彼女の顔から特に何かを読み取ることは出来ない。
その無表情に俺は少しビビる。
もしかして、怒ってる?
貯めて来たお金は確かに俺と彼女で稼いだものだが、実際にギルドや荷主と交渉してお金を受け取っているのはラクティだ。
俺は荷物を運んでいるに過ぎない。
それに必要な魔力は彼女から受け取っている。
彼女の貯金に対してまで権利を主張するのは行き過ぎかとも思ってしまう。
「あ~、医者の代金はその魔石を当ててくれ」
俺はダッシュボードに鎮座する魔石をレニア一家の治療費にする様に言う。
ラクティが魔法を使う時にこの魔石を使う事も有るがそれは稀で、ほとんどが俺の燃料代わりに使っている。
ほぼ俺の資産と言って良いだろう。
魔力容量はまだ八割以上残っているので、使いさしでもそれなりの価値は有るはずだ。
「ん」
ラクティが短く答える。
納得してくれたかな?
それなりのスピードで病人を乗せて夜の道を走る彼女に無駄に話しかけて集中力を散らさない様に俺はそれ以上何も言わなかった。
俺達は村と街の間の森の中を走っていた。
昼間に行き来したよりもかなり速いペースで進んでいる。
この分なら、一時間も掛からずに街に着けるだろう。
食中毒のレニア達は苦しそうにしているが、直ぐにどうにか成りそうな訳でもない。
街に着いて医者に見せれば何とかなるだろうと思える。
カーブに差し掛かり、ブレーキング、シフトダウンして走り抜ける。
摩擦の少ない路面なので、ドリフトもしていた。
ラクティが軽トラを運転する様になってまだ一ヶ月と少しくらいだが、もう完全に乗りこなしている。
最初の内は俺が色々補助をしていたが、元々センスが良いのか驚くほどの上達ぶりだった。
こうなると、彼女には軽トラなんかじゃなく、ちゃんとしたスポーツカーに乗せてやりたくなる。
それもこんな荒れた山道とかではなく、ちゃんとしたサーキットとかが良い。
俺も昔、中古のスポーツカーに乗っていた時に、何度かサーキットでの走行会に参加したことが有る。
サーキットの良い所は安全な処だ。
一般道よりもスピードが出て危険な様に思えるが、実際は歩行者も対向車も居ないので、その分車の制御に集中できて楽しかった思い出が有る。
他の参加者と接触する危険性も無い訳ではないが、相手もそれなりの技量が有り、同じ方向に進んでいるのなら、むしろ一般道よりも安全と言っても過言ではないのかもしれない。
ふと、そんな事を考えていたが、俺は現実に意識を戻す。
ここはサーキットではなく異世界の山道だ。
夜中なので他の馬車や歩行者は居ないと思うが、視界の悪い山道を走るには慎重になった方が良いだろう。
思い起こせば、俺がこの世界に来るきっかけになったのも、元の世界で夜の山道を走っていて道に出て来たタヌキを轢きそうになってハンドル操作を誤ったせいだった。
タヌキ型獣人のラクティにスピードを落とす様に忠告するべきか、俺は少し迷う。
その時、道の先に赤い二つの光を見付けた。
「何だあれ?!」
驚いて、俺は声をあげる。
「モンスターだ!」
ラクティが叫んだ。
そう言えば、街からの帰りにレニアがこの辺に夜になると猪のモンスターが出ると言っていた。
軽トラのヘッドライトに照らされて、二つの目が光っている。
俺の住んでいた地方は北の方だったので、猪はあまり出なかった。
だから、野生のものを見た事が無い。
だが、それにしても、大きい。
猪の成獣は大きいもので200kgに達すると言われているが、その倍はあるかもしれない。
だからモンスターと言われるのかもしれないが、あんなのにぶつかられたら軽トラはひとたまりも無い。
軽トラの車重は確かにアレの更に倍は有るが、だからと言ってぶつかったら無事では無いだろう。
「来る!」
ラクティが叫ぶ。
何に怒ったのかは分からないが、猪がこちらに突っ込んでくる。
「くそっ!」
俺は派手にクラクションを鳴らした。
下手に刺激するのは駄目かもと思ったが、既にこちらに敵意をむき出しにしているのなら、大きな音で威嚇するのも仕方ない。
しかし、相手は少しも怯まなかった。
「このまま行く!!」
「お、おい!」
一旦速度を緩めていたラクティだが、逆にアクセルを踏み込んだ。
俺は止めようとしたが、考え直した。
車を止めた所でどうしようもないし、こうなったら、思い切りぶつける以外にアレを倒す術はないだろう。
この中で戦えるのはラクティだけだが、彼女一人であの筋肉の塊に勝てるとは思えなかった。
猪は怯まずにこちらに一直線に突き進んでくる。
「防御魔法!!」
ぶつかる寸前に、ラクティが車体に魔法を掛ける。
光を纏った軽トラが走る。
しかし、猪のモンスターも一声唸ると、同じように身体に光を纏う。
「あっちも魔法を!?」
そうか、ただの大きい野生動物かと思ったが、モンスターと呼ばれるくらいだから魔法も使えるのか!?
激突。
「痛ってー!!」
俺は思わず叫んだ。
機械の身体なのに痛みを感じるんだと、俺はそう考える。
一瞬気を失った様な気がするが、気付いてみると、俺の目の前には巨大な猪が倒れていた。
泡を吹いて痙攣しているが、まだ辛うじて生きている様だった。
ラクティがドアを開け車外に飛び出す。
ドアの内側に括り付けていた鞘から短剣を抜く。
武器は最初は腰に挿していたのだが、運転しにくいので乗る時はドアに取り付けられる様に工夫していた。
その短剣を、彼女は猪の首筋に突き立てる。
止めを刺されたモンスターが動かなくなった。
「やったか?」
俺がそう聞く。
「ああ、もう大丈夫だ」
返り血をぬぐって、ラクティが応える。
その言葉に俺は胸を撫で下ろす。
シートベルトのお陰で助手席の子供も無事の様だ。
開いたエアバックがしぼんでいた。
荷台の四人も何とか車外に放り出されずに済んでいる。
安心したら俺はまた身体が痛みだす。
って言うか、軽トラが身体痛いってどういうことだ?
痛みを堪えて、ラクティの方を見る。
「ケイジ・・・」
何故か彼女は、俺を見て愕然とした表情をしている。
俺は自分の車体の状況を可能な限り確認する。
視界にひびが入って見えるのはもしかして、フロントガラスが割れているって事か?
という事は車体前面がかなり損傷している。
これは、マズいかもしれない。




