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焼いたガジャイモの他に干し肉を火で焙った物を少し食べたラクティは満腹になって軽トラの荷台に上がって来て寝袋に入る。
火事になっても困るので、焚火は土をかけて消している。
野生動物の襲撃は地面より一段高くなっているだけで、大分防げるらしい。
野晒しなので雨の日は車内に避難するが、晴れていれば荷台でも大丈夫だ。
と言うか、宿が取れる時はそこで就寝するので、今回の様に野宿する事はまれだ。
「明日はどうする?」
俺は荷台のラクティにそう聞く。
次の仕事はまだ決まっていない。
貯金はそれなりに有るそうなので、急いで仕事をすることも無い。
「そうだな、他の村の人も街で商売したい人は居るってレニアさんが言ってたから、その人達から仕事を受けても良いし、直ぐにそう言う用事が無いなら、街に行ってギルドで仕事を受けるか・・・」
寝袋に包まって、ラクティはそう言う。
お腹いっぱいで横になった彼女は既に眠ってしまいそうだ。
「そうだな、まあ、明日になってから考えても良いか」
眠たそうな彼女のタヌキ顔を見て俺はそう言った。
季節は秋口くらいなので、野外で夜になっても眠れない程寒くなる事も無い。
寝息を立て始めたラクティを見ながら、俺は周囲を警戒する。
軽トラックである俺は眠る必要はないらしい。
いや、寝ているのと同じような状態になることは出来る。
今はエンジンを切っている状態だが、意識は有る。
ここから更に、周りを警戒しつつ、何も考えない状態になるのだ。
いわば、パソコンのスリープ状態みたいなものだ。
予め決めておいた状況に成るまで、省エネモードになる。
話し相手が居ないのに、無駄に色んな事を考えないで済むのは有難い。
ただそれは、俺が無機物になってしまった事の証左の様にも思える。
少し複雑な心境だ。
それでも、寝袋から覗くラクティの寝顔は可愛いと思ってしまう。
無機物はそんな事は考えないだろう。
俺はまだ人間なのだろうとも思う。
まあ、考えても仕方のない事だ。
俺はスリープモードに移行しようとする。
しかし、俺の感覚がこちらに接近してくる足音を捕らえた。
「おい、誰か来るぞ!」
荷台のラクティに聞こえるくらいの音量で、俺は警告を発した。
「なに?」
彼女は俺の声に素早く目を開き、上体を起こす。
「おーい!運び屋のお嬢ちゃん!」
向こうから声を掛けてくる。
「あれ?ダンさん。どうしました?」
寝袋から半身を出して、ラクティが聞き返す。
やって来たのは獣人の男性だった。
タヌキ獣人のラクティと違い、普通の犬型獣人である。
彼はレニアの旦那さんだった。
「まだ村に居てくれて良かった。頼み事が有る」
ラクティ以外の獣人の表情はまだ良く分からないが、それでも彼が慌てているのが分かった。
「女房と子供が食中毒で倒れた!街の医者の所まで運んでほしい!」
それを聞いたラクティは直ぐに荷台から降り、軽トラの運転席に乗り込む。
「分かった。直ぐ家に向かう。ダンさんも乗って!」
キーを回し、エンジンをかけて彼女がそう言う。
「食中毒って、何を食べたの?もしかして、ガジャイモ?」
助手席に乗ったダンに向かってラクティが聞く。
彼の家に向かって軽トラを走らせている途中である。
ラクティにガジャイモの毒の危険性を教えてくれたレニアがそれを見落とすとは思えない。
「ああ、多分ガジャイモだ。女房が出かけている間、俺と子供達で食事の用意をしていたんだが、芽を取り忘れた物が有ったみたいだ」
ダンがそう言う。
なるほど、扱い慣れた主婦以外が料理をして、毒に当たったて事か。
それなら、街への行商には奥さんではなく、旦那の方が行けば良かったと思うかもしれないが、運転手のラクティが女の子だから、気を利かせて奥さんの方が来て、それが裏目に出てしまったって話だ。
「私、治癒魔法使えるけど、ガジャイモの毒に効く?」
ラクティが聞く。
「いや、ダメだ。かえって毒が体中に回ってしまうらしい。ガジャイモは最近遠くの国からやって来た作物だが、何度か食中毒になる奴が居て、魔法で回復しようとしても上手くいったって話は聞かない」
ダンが答える。
ラクティの話では、獣人族で魔法が使える者は回復や身体強化と言った補助系の魔法が得意だと言っていたが、ダンがそれをしていないという事は、毒や病気に対しては効かないと言うのは本当の様だ。
同じ村の中なので、少し走っただけでダンの家に着いた。
家の前ではレニアが三人の子供を連れて待っていた。
ダンとレニアは獣人とノーマルの夫婦だが、子供は一番上が獣人の男の子、真ん中がノーマルの女の子、レニアが抱き抱えている一番下の子が獣人の女の子だった。
この世界では人種の違う夫婦でも子供は出来るらしい。
と言うか、交雑が可能な知的生命体全てを人間として扱っているそうだ。
俺がこの世界に来た初日に会った猿人は人間と交雑が出来ないのでモンスターとして扱われていると聞いた。
また、人種の違う親から生まれた子供は必ずどちらかの性質が出る。
つまり、ダンとレニアの子供の様に、獣人とノーマルの中間的な子供が生まれるのではなく、獣人とノーマルに完全に分かれてしまう。
そんな訳で、この世界にはハーフエルフもハーフドワーフも居ない。
この世界ではそれが当たり前だと考えられているが、元の世界で半端に遺伝子とかを習った俺には理解できない法則だ。
まあ、魔法とかが有るファンタジー世界だからと言ってしまえばそれまでだが。
ダンが助手席から降りて、家族の方に向かう。
「おい、その子は置いて行くと言っただろう」
彼はレニアが抱いている下の子を指してそう言う。
あ?どういう事だ?
俺の思考が混乱した。
どう見ても、その子の症状が一番重そうに見える。
「でも・・・」
自身も顔色が悪くふらふらしているレニアが反論しようとする。
「ダメだ!全員分の運賃と治療費を出すだけの金は無いんだ」
ダンがそう言う。
それで俺は理解した。
つまりは経済的な理由なのだろう。
どう贔屓目に見ても粗末と言ううしかない彼等の家を見れば察することが出来る。
だが、理解できるからと言って、納得できるとは限らない。
「私の治療はいいから、この子も治療を受けさせてあげて・・・」
レニアが弱々しく、そう言う。
「いや、レニア、お前が居れば子供はまたつくることが出来るんだ」
ダンがそう言う。
冷酷な意見だが、彼の表情は苦悩に満ちていた。
「あなた・・・私が居なくなっても、子供が三人居れば十分じゃなくて・・・」
レニアが涙ながらに、そう言う。
仕事が一つ終わって、まったり出来ると思っていたら、急に修羅場に出くわしてしまった。
俺は考える。
この世界には医療保険とかの制度は多分無いのだろう。
彼等には今日街で野菜を売って得たお金が有るが、全額実費になる家族全員分の治療費には届かないらしい。
この世界の医療費がどの程度かは知らないが、俺達が街までの交通費をタダにしてやったくらいでは一人分の治療費にも成らないのは想像できる。
人の命には代えられないのだから、借金してでも治療させるのが正解だと思う。
俺はそう思うが、それはそれなりに豊かな日本で暮らしていた俺の考えでしかない。
この世界には、と言うか、彼等には彼等の考えが有り、それに対して俺が言える事など無い。
・・・無いが・・・
ラクティの方を見る。
彼女と俺はここのところ順調に仕事をこなしていて、それなりの貯えが有る。
おかげで、結構な値段がする魔石を買う事も出来た。
ラクティは冷静な目で、彼ら一家を見ていた。
頼まれれば、街まで一家を運ぶ事はするが、それ以上の事をするつもりは無い様に見える。
この世界の厳しさを十分知っている目だった。
形式的には、俺は彼女の所有する魔動車と言う事になっているが、それでも俺は彼女の相棒だと思っている。
彼女には彼女の考えが有るのだろうが、俺だってただの軽トラではなく意思のある元人間だ。
俺は覚悟を決めた。
「おい、お前等!ぐちぐち言い合っててもしょうがねえだろ!さっさと俺に乗りやがれ!運賃はタダだ!治療費も俺が何とかしてやんよ!」
俺はラクティ以外とは話さないと言う禁を破って、彼等に向かって叫んだ。




