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軽トラ転生 我が道を行け!  作者: O.K.Applefield
1.転生したら軽トラだった件。もしくは、軽トラ ミーツ ケモガール。
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1-1


 月の無い深夜の山奥。

 急カーブの続く曲がりくねった峠道。

 俺は一人で車を走らせていた。

 コーナーの直前でブレーキを踏み、減速と共に後輪の荷重を抜きリアを滑らせて車体の向きを変える。

 カウンターステアを当てながら、コーナーをクリアしていく。

 抜けたところで、今のドリフトは上手く出来たと俺は満足する。

 民家も無い山奥、走っているのは俺だけだった。

 十年以上前なら田舎のこの峠でも数台のドリフト族が居たそうだが、今や完全に下火になってしまっている。

 集落と集落をつなぐ道なのだが、麓の街を経由した道の方が少し遠回りだが広くて走りやすいので、夜中にこの道を通る奴はほとんど居ない。

 そんな道だから、舗装も大分くたびれてボコボコになっていたりする。

 以前でも走り屋はそんなに多くなかったのでスピードバンプなんて設置されてなかったが、今はその補修されていない穴がバンプの代わりになってしまっている。

 そこを走っている俺の車も、実は軽トラックだったりするのだが。

 俺の名は虎峰啓治。

 元走り屋の農業従事者。

 歳は一応、(まだ)三十代だと言っておこうか。

 独身である。

 地元の大学の農学系の学部(名前は環境ナンチャラ学部と言う長い名前だ)を卒業後、都会の一般企業に就職したが、ブラック過ぎて三年で辞めた。

 その後フリーターや派遣などをしていたが、数年前、親の仕事の農業を継ぐために地元に戻って来た。

 仕事は大変だが、やってみると農業も悪くはないと思い始めている。

 乗っている車が中古のスポーツカーから軽トラになってしまったのは金が無いからだ。

 それはしょうがないが、実はこの軽トラと言う奴、中々侮れない。

 一応、後輪駆動で車重は軽いので操る楽しさがある。

 タイヤが細いので限界が低く、スピードを出さずとも簡単に滑らせることが出来る。

 そんな訳で、派手な音を上げて走っているが、そんなにスピードは出ていない。

 という事にしておいてくれ。

 なんなら、画面脇に『制限速度を守って走行しています』とか、『公道では安全運転をしましょう』とかのテロップを入れてくれればありがたい。

 そんな訳で、俺は夜の峠道を一人でドライブをしていた。

 娯楽の無い田舎での数少ない気晴らしだった。

 慣れた道なので、ドリフトで車体を左右に振ってヘッドライトの光が進行方向を照らさなくても、問題なく走れる。

 いつも通りの道なら・・・

 コーナーを一つ抜けた所で、俺は路上に二つの光が有るのに気付いた。

 野生動物の目だ。

 大きさからしてタヌキか?

 びっくりしているのか、道路の真ん中で固まってしまっている。

 こういう場合は、下手に避けたりするのは危険だ。

 ブレーキもハンドルも当初の予定の操作以外をしてはいけない。

 構わずに轢いてしまうのが正しい。

 どうせ軽トラだ、バンパーが少しくらい凹んでも汚れても大したことは無い。

 覚悟を決めて轢き殺す以外の事をするとどうなるかは若い頃から走り屋をしているので知っている。

 つまり罪悪感に駆られて、急ブレーキをかけて避ける様にハンドルを切ってしまうと、荷重の抜けたリアがブレイク、あっという間にスピンモードに入り、カウンターを当てても、当てた方向は谷底と言う状態になる。

 絶対してはいけない。

 なのだが、結局俺は最悪の選択をしてしまった。

 びっくりしているタヌキの表情を咄嗟に見てしまったので、ついそいつを助けたくなってしまったのだ。

「ナムサン!」

 タヌキを避ける様にハンドルを切り、俺は叫ぶ。

 ガードレールにぶつかっても車が止まるなら良い方だろうと考える。

 がしかし、運悪く車体が向かう先はガードレールが途切れている場所だった。

 俺の軽トラは吸い込まれる様に谷底に落ちて行った。


 俺は体を強張らせ、目を瞑って、崖を転げ落ちる衝撃に備える。

 しかし、何時まで経っても衝撃も車体が破壊される音もやって来ない。

 恐る恐る目を開けると、俺は何だか良く分からない空間を落ちて行っていた。

 周りの景色は大昔のアニメだか特撮だかの様な変なウニョウニョした模様だった。

 何だこれ?

「オラの道路が開かれた~!!」

 意味不明な状況に意味不明な叫びが口を突いて出る。

 俺は気を失った。


 気が付くと俺は知らない森の中の道を走っていた。

 夜だったはずだが、いつの間にか周囲は明るい。

 木々の隙間から木漏れ日がさしている。

 森の中の狭い道を軽トラがトコトコとゆっくり進む。

 近隣の道なら未舗装の山道を含めて大抵知っているつもりだが、この道は記憶にない。

 と言うか、道の脇に生えている木や草が見覚えのない種類の様な気がする。

 知らないうちに県外にでも来たか?

 植生が変わるほどとなると、隣県ではなくかなり遠くだ。

 それとは別にもう一つおかしなことがある。

 周りの景色は良く見えている。

 数日前に洗車をして、フロントガラスを含め全ての窓を綺麗に拭きあげたのだから、そうだろう。

 バックミラーから見る後ろの景色も綺麗だ。

 だが、バックミラーに自分の陰が映っていない。

 いや、どういう訳か車外車内どちらもはっきりと知覚できるのだが、運転席に誰も乗っていない事が分かった。

 誰も乗っていない無人の軽トラックが見知らぬ森の中を走っているのだ。

 今時は自動運転なんてモノも出始めているとか聞いた事があるから、それか?

 そう思っても、型落ちの自分の軽トラにそんなモノを付けた覚えはない。

『と、とにかく、一旦停止!』

 俺がそう思うと、軽トラックは停止した。

 誰も乗っていないのに、ブレーキが踏み込まれる感触があって、静かに停止する。

 俺の軽トラはマニュアル車だからクラッチが踏まれて、ギアがニュートラルになる感触も有る。

 いつも自分が無意識にやっている操作だ。

 違和感の正体が少しはっきりして来た。

 ブレーキを踏んだ感触ではない、『踏まれた感触』が有ったのだ。

 ハンドルを少し左右に振ってみる。

 自分の腕でハンドル操作をしている感触はない。

 ハンドルを回されたという感覚がある。

 その感覚が有るのは誰か?

 自分だ。

 その操作で動くのは誰か?

 ハンドル操作で前輪の向きを変えているのは軽トラックだ。

 つまり、自分イコール軽トラックという事実が導き出される。

『嘘だろ!?』

 そう思うが、その声は何処からも上がらない。

 軽トラックは喋らないから当たり前か。

 さっきから感じている違和感、無人の軽トラックなのに、それを知覚している自分と言う矛盾の正体。

 すなわち、俺が軽トラだと言う事だ。


『はあ、何だこれ?俺、崖から落ちて死んだのか?そんで軽トラに転生でもしたのか?今流行りの異世界転生か?』

 喋れないけど、ぶつぶつと考えながら、俺(=軽トラ)は森の中を進んでいる。

『それにしても、軽トラは無いんじゃないか?どうせ車に転生するならスポーツカーが良かったな』

 昔乗っていた中古のスポーツカーを思い出す。

 サラリーマン時代に乗っていた奴で、中古で買って色々とチューニングしていた。

 とは言え、あれは車高を下げていたから、こんな山道では亀になってしまうだろうか。

『さもなきゃ、高級SUVでも良かったな』

 無いものねだりで、そんな事も考えるが、それで軽トラであることが変わる訳ではない。

 誰も居ない森の中に居てもしょうがないので、取り敢えず道なりに走っている。

 しかし、変な感じだ。

 意識してこっちに行こうと思えば、それに合わせてハンドルが自動で回るのに、ハンドルを回されている感覚も有る。

 アクセルやブレーキ、クラッチにシフト操作まで同じ感覚だ。

 そして、視覚も変だ。

 軽トラに普通目とかは無いのに周りの景色は良く見える。

 どうやら、フロントガラスや窓、リアガラスに映る物が知覚出来ている様だ。

 幾らか死角は有るが、ほぼ全方位が見える。

 内側の誰も乗っていない運転席まで見えている。

 普通人間には一度に見えない範囲が見えているので混乱しそうだが、特に意識しない方向の映像は視界の端程度の感覚なのでそんなに困らない。

 改めて周りを見ると、道は舗装されていなくて、土が踏み固められた道である。

 砂利すら敷かれていなく、軽トラが一台通れる程度の幅だ。

 一応轍みたいなものは通っている。

 周りの木々は見た事の無い葉の形をしている。

 うけけけけけ・・・

 聞いた事の無い鳥の声が聞こえる。

 ここはどこかの別の地方かとも思ったが、もしかしたら日本どころか地球ですらない可能性も頭の隅に湧いて来る。

 軽トラの頭が何処かは分からないが。

 もしかして本当に異世界転生なのか?

 今更だが、不安になる。

 不安になったら、お腹も空いてきた。

『軽トラでも腹が減るんだな・・・』

 心の中でそこまで考えて、俺は焦った。

 軽トラの食べ物ってなんだ?

 ガソリンか?

 ここが異世界だとして、ガソリンは入手できるのか?

 そう言った考えが頭の中を巡る。

 俺は再び軽トラを停車させた。

 ガソリンが手に入らないなら、俺は詰んでしまうかもしれない。

 無駄に燃料を消費して良い訳は無い。

 意識を集中すると、燃料計の目盛りが見えた。

 残量は四分の一を切っている。

 そう言えば、そろそろ給油しなければいけないと思っていたのを思い出す。

 マズい。

 このままこの道を進んでいいのか?

 ガソリンが尽きるまでに何処か人里みたいな所に着くのか?

 着いたとして、そこで給油は可能なのか?

 立ち止まったまま、考えを巡らすが、答えは出ない。

 その時、道の脇の草むらが揺れた。


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