稲出彦三郎
生娘の肌のようだ、と彦三郎は思った。
藁に火が灯るほど苛烈な七月の日差しを、その白壁は、つやつやと照り返していた。波打つ漆喰が、痛いほどにまぶしい。
(吸いつきたい)
と乾いたのどを鳴らしてから、彦三郎はカラカラと嗤った。生れ落ちて十六年。ついぞ女人に触れることのなかった情欲の行き着く先が、城の壁とは。
立ち止まり、ひくつき始めたその背中を、後ろからずんと石突が突いた。両腕を背中に括られた彦三郎はなすすべもなく頭から倒れこむ。熱灰のような砂が、じゅうと音を立てて頬を焼いた。
血と砂の混じったつばを吐き出し、彦三郎は肩をよじって顔を上げる。一間と三尺ほど前に敷かれたむしろの上に、いくつもの胴が置かれていた。その正面に掘られた血溜りの中を、見慣れた顔が並んで浮いている。
「暗愚め」
と彦三郎は毒づいた。
――城を修繕した職人衆を人柱として斬首するなど、言語道断である。血風吹きすさぶ乱世ならともかく、戦の途絶えた太平の世において、このような蛮行がまかり通ってよいものか。
彦三郎は怒りと憎しみを込めながら、むしろの向こうに構える武士たちをにらんだ。
どの男も、頬を夕日のように赤く染めていた。両のまなこが、陽にかざした貝殻のように輝いている。彼らの中央、床几に腰掛けた領主と目が合った。干物のように痩せこけた頬が、漂う血煙を吸い上げて艶めいている。
(ああ、そうか)
と、彦三郎は得心した。
なんてことはない。築城を生業にするおれたちが城を造りたくて仕方がないように、武士である彼らは、血と臓が見たくてたまらないのだ。
再び嗤い始めた彦三郎を、数人の若武者が引きずって、むしろの上に押し付けた。
地面から、湿ったぬくもりが昇ってくる。その熱に思いをはせつつ、目前を転がる親方の首をじっと眺めてから、彦三郎は顔を上げた。
その目に映るのは、武士や領主ではない。
城である。
――ああ、天よ、御覧じろ。
この白く荘厳な天守を建てたのは、おれたち稲出衆なのだ。
見ろ、あの壁を。見ろ、この石垣を!
火も矢も通さぬ創意工夫を、天よ、人々よ、どうか見てくれ。語り継いでくれ。
おれたち稲出衆、最後の傑作を。
彦三郎の首を、背後から草履が踏みつけた。血溜りに額を押し付けられ、視界の隅に脂の浮いた刀身が映ったとき、彦三郎は瞳を閉じた。
恐怖からではない。
まぶたに残る城の威容を、見つめていたかったからである。
振り落ちる刃の気配を感じながら、彦三郎はこう願った。
(もしも来世があるのなら、今度こそ、望むままに、城を築いてみたい)
と。