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きみは最果ての光  作者: 天水しあ
第十一章『所依』
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第九十七集「不離」

 瑛明はゆっくりと振り返った。

 王師に、まっすぐに目を向ける。

「王上――あなたはそう、おっしゃいましたね。この、俺に」

 「さようです」王師は静かに頷いた。


「つまり――玲華が連れ去ったのは、実の娘ではなく、自らの甥であり、兄の子だった――そういうことですね?」

 「さようでございます」王師は静かに頭を下げた。


 母さんは、里帰りで王宮に入り――そこで先に生まれた、恋敵が産んだ兄の子を見て、ほの昏い感情を宿してしまった。だから連れ出した。


 捨てるつもりで。


 決して、誰にも見つけられることがない、外界へ。

 そうして自分は、すぐに戻るつもりだった。

 でも戻れなくなってしまった――そう考えると、全てが腑に落ちる。


 「産んだ子を女と見間違えて絶望したから」そんな馬鹿げた話を本気で信じていた自分の幼稚さに気づいたときには、笑い出しそうになった。


「でも、玲華は娘と姿を消したことにされ、結果、残された娘が、王子として振る舞わざるを得なかった――そういうことですか?」

「さようです。みなであなたのご帰還を待ち望み、場を守っておりました」


 「何故?」瑛明はそう口にした。

 だけど、きっと答えは返らない――そう思った。事実、王師は口を噤み、他の者たちも難しい顔で黙り込んでいる。


 分からないのか、口にするのが憚られるのか――いずれにしても、この期に及んで誰も答えられない。そんなことのために、あの人たちは、自らの命を投げ出すような真似をして、挙句こんな――。


 「馬鹿馬鹿しい」瑛明は吐き捨てた。


 誰も、何も言わなかった。たちまち訪れた重々しい沈黙に、苦い笑いが込み上げる。思わず心の想いを口にしてしまったけれど、それは何の解決にもならず、この心すら、軽くすることはない。むしろ虚しいだけだった。


 瑛明は静かに、深く息を吐いた。

「今言う話じゃなかったな……」

 誰に言うでもなく呟いて、目を伏せた。

「どのみち外界から兵が来れば、王だろうと官吏だろうと庶民だろうと、何の区別もなく蹂躙されるだけだ。なのに――こんな話、意味ない」

 自らに言い聞かせるように声にすると、瑛明はにわかに立ち上がった。


 一人一人にゆっくりと目を向け、

「一刻を争う今、外界を知らない人間が、道に迷わず、目印を的確に探して、変えることは不可能です。俺が行きます」

 最後に、今にも何事かを言おうとする芳倫に目を止め、

「そして、解毒剤を手に入れてくる」


 「心当たりがあるんですか!?」不安げだった芳倫が、歓喜ともいえる驚きの声を上げた。


「あの羽を玲華に渡した人物を知ってる。その筋を当たる。だめでも他の手段を探す。昔の家からここにたどり着くのに半日、武陵の城市の往復で半日、早ければ二日で帰ってこれる。明日の朝一番に、桃花源ここを発つ――支度を頼めるか?」

  芳倫は素早く立ち上がると、軽く膝を折り、「仰せの通りに」

 「ありがとう」瑛明は小さく笑い――ふいに天を仰いだ。大きく息を吐く。


「少し、疲れた……」

 誰とはなしに呟くと、芳倫が傍に寄り、

「別室を整えてあります。どうぞそちらで。何かあれば、すぐにお呼びしますから」

 「いや」その言葉に、瑛明は首を緩やかに振った。隣室へと目を向けると、

寝室あそこで、一緒に居る」


「ですが治療のため、王医や女官が詰めております。横になれる場所もありませんし、ゆっくりお休みには――」

 最後まで聞くことなく、瑛明は何度も首を振った。

「傍に居たい。そうじゃないと、俺はもう――無理なんだ」


 声が震える。それを契機に、留めていた全部が溢れ出しそうになって、瑛明は咄嗟に口元を押さえた。



                  ◆


 璃音から寝室に招かれたとき、中はすでに薄暗くなっていた。

 扉付近にだけ置かれた灯火が、ぼんやりと室内を照らしている。


 帳に入る。

 少しだけ身体を動かして、灯火の明かりを中に入れる。柔らかな光が、安らかに眠る姿を浮かび上がらせた。


 頬に触れる。

 さっき触れたときより、少しだけ、温かさが増した気がする。


 ほっとして――ついさっきまで璃音が座っていた椅子に座る。

 そのまま、仰向けに横たわる彼女の、肩口に頭を埋めた。褥子しきぶとんは仄かに温かく、柔らかく瑛明の頬を包む。

 息を詰めると、規則正しい息遣いが聞こえてきて、何だか目頭が熱くなった。


 「ただいま」瑛明は小さな声で囁いた。無論返事はない。

 目の先に、かけぶとんからはみ出した細い指先が見える。瑛明は手を伸ばして、その指先を衾に入れながら、緩やかに握った。


 温かい。

 自分の指が、冷たすぎるのかもしれないけれど。


『行かないで』


 「行かないよ」瑛明はそう呟いて、ゆっくりと目を閉じた。


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