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きみは最果ての光  作者: 天水しあ
第十一章『所依』
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第九十四集「発覚」

「誰からの書ですか? 何と書かれているのです?」

 璃律が苛立ったように尋ねてくる。


 その声に、瑛明はゆっくりと、だが呆然と、声の主に目を向けていた。

「これは――外界の、武陵という地の県令(長官)からの書だ。次の桃の時期に、中相がつけた目印を辿って、桃花源ここに兵を向けると。差出日は、ちょうど一年前……」

 俺たちが、帰ってきた時期と同じ――。


「兵?」その場の全員が、顔色を変えた。


「つまり外界の者たちが攻めてくるということですか? 中相が手引きをしたと?」

 差出主は、確かに武陵県の県令の名前だった。細い署名の傍らには、隷書の「武陵県令之印」の印もある。


 もちろん直接話したことも、会ったこともない。最近交代ばかりの若者だが、噂では、せっかく難関の科挙に合格したのに、出世街道を外れた僻地への赴任となったせいか、すっかり不貞腐れ、まるでやる気がない人物とのことだった。


 でも――桃花源を手中に収めることができたなら――出世街道に乗り直す、絶好の機じゃないのか?


 この話は、まだ活きているのか?

 そうだとして、県で話は止まっているのか? 

 それともうえまで? まさか長安みやこまで、なんてことはないよな? 

 桃はもう咲いている。こちらへ兵は向けられているのか? 


 いずれにしても、唐の兵が向けられたりなんかしたら、平和慣れした桃花源なんか、ひとたまりもない。


 あなたは――瑛明は、喉まで出かかった声を、手にした書を握り潰すことで、辛うじて吞み込んだ。


 周りの多くを手にかけ、王家に害をなすばかりでなく、こんなことまで――!



「大丈夫ですか!」

 切迫した声は、真横からだった。


 見れば隣に璃律が立っていて、驚きとも、心配ともとれる目でまっすぐにこちらを見ている。そればかりでなく、両腕をがっちりと彼に掴まれていた。


 ふらついたのか――瑛明は、やっと事態を理解した。


 目に映る何もかもが痛い。

 吸い込むすべてが気持ち悪い、吐きそうだ。

 今すぐしゃがみこんでしまいたい――。


「大丈夫、ありがとう」

 そう声にして、瑛明は璃律の手を解いて自立する。一人一人に目を向けながら、

「璃律の言う通り、戻って今後を相談しましょう」

 そう言葉を継いで――ふと、背後を振り返った。


 そこには、固く閉ざされた朱の扉。


 一刻も早く桃花宮に戻って、手を打たなければ――気持ちは急いている。もう遅いのかもしれないけれど――。


「中相殿が、此方にいらっしゃる」

 声に向き直ったら、傍らの王師が、瑛明が見つめていた扉を指し示していた。


「志按が……」

 諸事弁えているだろう国師が、思わずとばかりに漏らした言葉が、役職ではなく、その名だったことが、心身からふいに力を抜いた。

 驚きと怒りで塞がれてた感情が再び込み上げてくるのを感じて、瑛明は強く唇を噛む。


 こんな事態であるのに、その言葉にも、声音にも、親愛の情が感じ取れた。年齢的に考えれば、二人は同学だったのかもしれない。


「分かりました。私たちは、中相殿の身をお移ししてから、後を追います」

 まっすぐに目を向けられ、その眼差しに、声と同じ温かさを感じたとき、瑛明は思わず口にしていた。


「すみません」

 言ってどうにもならないし、そもそも自分が言うべき立場なのか分からないけれど、言わずにはおれなかった。その場の全員を見渡して、瑛明は深く頭を下げた。


 「急いで戻らないと、もう日が暮れます」訪れた重い沈黙を破るように、声を上げたのは璃律だった。

 「分かった」瑛明は顔を上げ、璃律に向かって頷くと、国師と璃宇に目を向けた。「よろしくお願いします」そう言って、再度一礼する。

 「参りましょう」傍らの王師に声をかけると、瑛明は、先に立つ璃律に従い、桃花宮に足を向けた。


 璃律に従い、歩く。

 だけど何故自分が進んでいるのかが分からない。

 足が勝手に動いている、そうとしか思えなかった。


 色んな事が起こりすぎて、ひっきりなしに色んな感情が現れては消え、泣きたいのか、喚きたいのか、自分がどうしたいのか、もうよく分からなかった。自分が自分ではない感覚に陥る。


 身体が粘ついている。

 濃密な臭気がまとわりついている。

 このままがんじがらめにされて、動けなくなりそうだ。


 呼吸を整えようとゆっくり息を吸い込んだら、流れ込んできた血臭に吐き気がして、咄嗟に口を押える。


 息苦しい。目の奥が、一層熱くなった。

 もう歩くのも、立ってるのも、息をしてるのも、苦しいし、辛い。 


 もう、いっそこのまま――。

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