表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きみは最果ての光  作者: 天水しあ
第十一章『所依』
92/100

第九十二集「解放」

「おまえは甘い」そんな声が聞こえた。


 痛みが走り、鮮血が飛び散る。

 ――何が起こったのか、分からなかった。


 両腕に、にわかに重さがのしかかってきて、思わず膝が砕ける。

 生温かいものが腕を濡らす。それが袖を重くし、やがて地へぼたぼたと落ちていく。


 地面に黒ずんだ染みが広がっていく。

 それを見て、瑛明は弾かれたように自分の腕の中にある姿を見た。

 自らの胸に匕首を突き立てた中相が、そこにいた。


「あ……」声が漏れる。


 吸い込んだ息にむせ返りそうになって、それが濃い血臭だと分かったときには、訳の分からない声を上げていた。

 気配に振り向いたら、背後に璃律が駆け込んできて、剣を抜くところだった。


 「やめろ何もするな!」瑛明は肩越し怒鳴りつけ、鉄格子越しにがっくりと両膝をついた背に必死に手をまわして、自らに引き寄せる。


「父上……」

 震える声で囁きかけると、伏せられた瞼が僅かに開いた。こちらに目が向き、

「そう、呼ぶのか……」

 辛うじて聞き取れる声がして、口元が歪んだ。笑ったようだった。


 「解毒剤は!」璃律の鋭い声。

「在ると、聞いたことは、あるかな……」

 中相の答えに、璃律は派手に舌打ちした。剣を収める音が、小さく響く。


 震える指先が、右頬に触れた。瑛明はその手を握りしめて、頬に押しつける。指先が冷たいのは、牢内が冷えているからだけではないんだろう。


「よく顔を見せてくれ……」

 とたんに明かりが差し込んだ。背後で燈籠が掲げられたようだった。


「泣いているのか、私のために?」

 そう言われて、瑛明は自分が泣いていることを知った。中相は、今度ははっきりと笑い、「そうか……悪くないな……」


 ゆっくりと瞼が閉じられていく。

 痛みを堪えるように、押し殺した呻き声がその口から漏れた。身体を激しく震わせながら、しばし荒い息を繰り返すと、中相は再び目を開け、瑛明を見上げる。


「おまえは」

 「もういいから黙って!」瑛明は思わず声を張り上げた。中相は僅かに目を細め、

「もっと、好きにしていい……」

 それだけ言うと、がっくりと首が落ちた。


 繰り返される荒い息に、苦悶の声が混じる。気休めと知りながら、頬の手を強く握り、鉄格子に身体を押し付けるようにして手を伸ばし、その背中をさする。


 見れば、胸の匕首は急所を僅かに外れている。中相がわざとそうしたのか、咄嗟に動いた俺の手が邪魔をしたのか――見れば、ひりついた左手の掌が、赤く濡れていた。


 この出血量なら、いずれは死ぬ。だけどそれは――相当に苦しんだ後だ。


 そう思ったときには、瑛明は中相の胸に突き立った匕首の柄に手をかけていた。勢いよく噴き出した生温かい血を浴びながら、抜いた匕首を、再び中相に突き立てる。


 今度はきちんと、心臓の真ん中に。

 たちまち崩れ落ちてきた身を、膝をついて受け止めた。

 懐がじわじわと、生温かく濡れていく。


 それが急激に冷えていくのを、そして強く引き寄せた背中が少しずつ強張っていくのを感じながら、瑛明は腕の中で眠る身体を強く抱きしめ、ただ静かに、泣き続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ