第九十一集「問答」
気づいたら鉄格子を握っていた。静かな空間に神経質な音が響き、「どうしました!?」切迫した声の方を振り返れば、腰に佩いた剣に手をかけながら、璃律がこちらへ足を向けようとしているのが見えた。
「大丈夫、何もない」
できるだけ平静に答えることで彼を制止すると同時に、自らをも諫める。
そうだ、すぐ傍で控えている者がいる。そして桃花宮では、今なお彼女も――。
瑛明は鉄格子から手を放し、天を仰いだ。大きく息を吸い、吐く。
繰り返すこと、数回。再び中相に向き直ると、
「俺たちが市にいるとき竹を倒してきたのも、かつて桃花源で続いた若者の失踪事件――外界に出ようとした若者を惨殺したのも、あなたですね?」
中相はただ無言で、妖しく笑った。
「ついでに言えば、私が崔家の当主になったのも、偶然ではない」
思いも寄らなかった発言に、瑛明は息を呑んだ。涼やかともいえる笑みを浮かべるその姿に、空恐ろしさを感じて、ぞっとする。
瑛明はゆっくりと横を向いた。遥か向こうで燈籠を手にした璃律と王師が、こちらをじっと伺っている。大きく息を吐いてから、一つ頷いてみせた。
「では」再び中相に相対すと、
「夕暮れの川原で、泣いている子供に声をかけたことは?」
中相から、すうっと表情が消えた。
「何のことだか分からないな」
ふいっと横を向き、口元に浮かべた笑みは、先ほどまでの挑発的なものとは違っている。
小さく息を吐き、中相は再び瑛明に目を向けると、
「おまえがここに来たのは、そんな昔話をするためなのか?」
「いえ……」今度は、瑛明が目を逸らす番だった。
突き上げられるようにここまで来た。
だけど顔を合わせたとたん、あれもこれもと思っていたそのほとんどが綺麗に消えてしまった。
ただ、まるで竹庵にいた時のように、その答えが欲しかった。
あの頃はいつも、中相の判断を求めていた。「その通りだ」と言われて喜び、「違う」と言われて自分の不明さを恥じていた。
「これが――あなたのやりたかったことなんですか?」
今は、「正」、「否」のただ一言じゃなく、あなた自身の言葉――それが何より、今一番欲しい。
僅かに目を伏せ、しばし思案する様子を見せていた中相だったが、「どうなんだろうな」そう言って、ふと顔を上げた。
「今となっては、何がしたかったのか良く分からないな……」
瑛明の背後にあるだろう窓を見上げながら、問いに答える、というより、独り言であるかのように中相は呟いた。
そうして小さく溜息をつき、
「少し疲れたな……」
その言葉を裏付けるように、なんだか顔がやつれているように見えた。
昨夜帰ったばかりで、参内してのちに牢送りでは、無理もないな、瑛明はそう思った。
「座られますか?」瑛明の言葉に、中相は背後を振り返る。数歩下がったところに、身を横たえられるくらいの榻がある。
中相は緩く頭を振り、
「いや……、少し、手を貸してくれないか」
格子の隙間から、中相が手を伸ばしてきた。
「分かりました」
瑛明は延ばされた両手を載せられるように、自らの手を伸ばした。
中相の両手がふわりと載せられた、と思った瞬間、その左手が、瑛明の左手をがっと掴んだ。そのまま強引に中に引き込まれ、左肩が鉄格子に当たる。動けない。
抗う間もなく、中相の右手が、素早く瑛明の首元に差し込まれた。首には、あの匕首。
しまった――そう思った。
でももう、遅い。




