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きみは最果ての光  作者: 天水しあ
第十章『世理』
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第八十九集「変身」


「中相に会いに行く」


 璃音が寝室に戻って、再び扉が閉められたとき瑛明がそう言うと、祖父と孫は揃って僅かに眉を動かした。

 だが「承知いたしました」祖父は即座にそう言い、「では、鍵を取ってきます」孫はたちまち身を翻す。


「では参りましょう」

 王師が先に歩き出し、瑛明はそれに続こうとして――背後を振り返った。目の先には、固く閉じられた寝室への扉がある。


 いいのか、今ここを離れて。

 もしものことがあったら、俺は――。


 突き上げてくる感情を堪えるように、瑛明は固く目を閉じ、奥歯を噛み締める。大きく息を吐くと、決然と身を返し、前室への扉の前でこちらを伺っている王師の元へと大股で寄った。


「中相は今、外廷の牢にいらっしゃいます。ご案内いたします」

「ありがとうございます」

 瑛明は王師の後に続き、居室を出た。


 王の居所である桃花宮を出て、政務を執り行う奉天殿のある外廷へと向かう。

 初めて王宮に来た時、三人くらいが通れる細い道を中相と共に歩いた。

 壁と壁に挟まれた、いかにも通用路といった道を通って、夏日に煌めく奉天殿の瑠璃瓦を見上げながら、迂回して桃花宮に入った。


 だけど今進むのは、砂利が敷き詰められた広大な敷地の中央を走る、白い石畳の堂々たる道。奉天殿にまっすぐ繋がる道だ。


 たった半年――宮中に来てからの、色んな場面が頭を駆け巡ってきて、疑問、後悔、混乱、困惑、怒り、悲しみ、言いようのない様々な感情が溢れ出しそうになって、瑛明はぐっと唇を噛んだ。


 今はダメだ――瑛明は自分にそう言い聞かせる。


 今は、俺ができることをやる。それ以外のことは今は何一つ、考えてはいけない。


 件の牢は、奉天殿の傍らにあった。

 外廷には全く人気がなかった。朝議はとうに終わっていたが、恐らくそのせいだけではないのだろう。


 扉が固く閉められた奉天殿の正面に回り込むと、その左右に、両翼のように設けられた細長い平屋の建物がある。

 丹柱と青瓦で建てられた、一見豪奢な両の建物のうち、東側の扉だけが開け放たれていた。中に足を踏み入れると、白茶けた作りの建物がすっぽりと収まっている。


「これが『牢』です」


 牢といっても、朝議の場で議論が講じて口や手や足が出る高官らを一時的に勾留する建物とのことで、滅多に使われることもなければ、夜を明かして逗留している者もまずいないらしい。


 その戸口の前では、璃律が待っていた。

 彼は、瑛明たちの姿を認めると、頑丈そうな錠前を外し始める。せんの建物にはめ込まれた木の扉は非常に分厚く、軋んだ音を立ててゆっくりと開いた。


 中に入ると、手前に左右に延びる通路があり、その奥には等間隔に並ぶ鉄格子の小さな扉がある。鉄格子の正面に位置する通路に、明かりとりの窓があけられていて、長椅子が一つ置かれている室内がぼんやりと見えた。


「一番奥に見えます」

 そう言って、璃律が燈篭を掲げる。


 右に目を向けると、通路には、斜めに差し込む光が幾筋も見えた。その最奥に、突き当たっている磚の壁が見える。


「ここからは――、一人で行きたい」


 瑛明がそう言って振り返ったとき、薄暗闇に揺れる炎が照らし出す璃律の顔が、強張ったのが分かった。今朝も、そう言われたことを思い出したのだろう。申し訳ないと思った。

「かしこまりました。ここで待機します」

 王師がそう言い、恭しく一礼をすると、璃律もそれに倣う。


 瑛明の頷くことでそれに応えると、踵を返した。ひそかに息を吐いて、ゆっくりと歩き出す。


 高革靴が低く鳴る。

 目的の場所が近づいてくる。

 瑛明は、できるだけゆっくり、深く呼吸を継いだ。


 鉄格子の前に立つと、桃花宮の院子で会う時と同じように、正装した中相が居住まい正しくそこにいた。

「これは――」

 中相は短く声を上げた。


「やはりおまえは、男装が合うな。凛々しい」

 そう微笑む中相の言葉を遮るように、瑛明は口を開く。「依軒が自害しました」


 中相は僅かに目を見開いたものの、すぐに表情を収め、うっすらと笑った。

「そうか……」


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