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きみは最果ての光  作者: 天水しあ
第十章『世理』
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第八十六集「号泣」

「王上!」

「何故、このようなところに」

 倒れている姿を囲む女官たちが一斉にこちらを見る。先に声を上げたのは、先ほど部屋を訪れた女官だった。


 ――王上が!?


 慌てて後ろを振り返った。だけど開け放たれた扉に固まっているのは、心配だったり困惑だったりの表情を見せる若い女官たちばかりである。


「瑛明さま!」

 そこへ駆け込んできたのは、芳倫だった。


 彼女は目の先で倒れている姿に両手で口を押えて息を呑み――そしてすぐ脇に立つ瑛明に目を向け、大きく目を見開いて、硬直した。


 ――何?


「どいてくれ!」

 廊下が騒がしい。慌ただしい足音とともに、扉の向こうに姿を現したのは、璃音と璃律だった。


「王上!」

 そう叫ぶ璃律の目は、瑛明の遥か後ろに注がれている。


 瑛明はゆっくり振り返った。

 倒れている姿は、あれだけ探しても見つからなかった瑛明じぶんの衣装と同じだった。


 これは、どういうことなんだ――ただ答えのない問いだけが、頭をぐるぐるする。


 ゆっくり近づく。女官たちがどこか怯えた顔をして、計ったように後ずさった。

 手足を投げだして、左脇を下に横たわる姿の傍らに跪く。

 震える手で、顔を覆う黒い髪を搔き分ける。

 そこから現れたのは、まるで血の気のない見慣れた横顔――。


 息を呑んで、よろめいた瑛明の傍らに、小柄な姿が飛び込んできた。


「瑛明さま、しっかりしてください! 早く王医を呼んで! 女官長、湯と、何か掛けるものを! 後の者は女官長の指示に従って、数人は前室で待機を!」

 芳倫だった。一息に言って女官たちを散らすと、倒れている姿の細い腕をとった。


 「脈は――あるけど、だいぶ弱い」言いながら辺りを素早く目を投げ、

「何か飲んだのね、とにかく吐かせないと」


 芳倫が言うのと、その傍らに璃音が駆け寄ったのはほぼ同時だった。

 倒れている姿を引き起こし、「飲んでください!」手にした水瓶を半ば空いた口に流し込む。それは口の両側から流れ落ちて、二人の衣を濡らしていく。構わず水を注ぎ込みながら、「しっかりしてください!」半ば叫ぶ声は涙声だった。

 空になった水瓶を放り出すと、璃音は片膝を立て、抱えていた姿をうつ伏せさせ、その口に躊躇なく指を突っ込んだ。

 その傍らに、璃律が水を張った盥を置く。空いた水瓶をさらって走り出す。

 芳倫は「瑛明さま、しっかりして!」大きな声を上げて続けている。


 すぐ目の前の喧騒を、瑛明はただ茫然と、目に映していた。まるでただ一人、切り取られた空間にいるかのように。


 「何だこれは」璃律の声だった。

 目を動かす。

 見れば、水瓶を手に戻ってきた璃律が、琥珀色に濡れた床に散らばる茶碗の破片の中から、何かを拾い上げるところだった。


「――羽?」

 その言葉に瑛明は弾かれたように璃律を振り向き、飛び掛かるようにしてその手のものを奪い取った。


 それは、根元が薄い紫緑色をしていた。だが先端に行くほど、色が溶け出したかのように白くなっている。

 瑛明は信じられないものを目にしたかのように羽を凝視し、慄き、突如立ち上がると、転がるように、隣の寝室へと駆け込んだ。


 引きちぎるように帳を開け、牀台脇の高卓の抽斗を引き抜いて、小箱を取り出す。

 敷き詰められた煌びやかな装飾品を牀台に投げ出し、内箱を外す。中から現れたあの、薄汚れた白布をもどかしく開くと――中は空だった。


「嗚呼……」

 膝から崩れ落ちた。手から零れ落ちた箱が足元に落ちて、派手に壊れた。

「どうなさったの、しっかりなさって」

 駆け寄ってきたのは芳倫だった。瑛明は隣に膝をついた少女に茫然と目を向け、

「もう、ダメだ」


「ダメ? 何がですか? 一体あの羽は何なんですか!?」

「あれは……」

 そこまで声にしたら、にわかに込み上げてくるものがあって、瑛明は咄嗟に口元を覆い、顔を伏せた。


 足元には、壊れた小箱があった。蓋と箱が分断され、汚れた白布が底から滑り出している。黒々としたその底に、一片の白いものがあることに気づいた。

 それは、折りたたまれた一片の紙片だった。


『お互い、在るべきところに』

 見慣れた手蹟だった。


 瑛明はふらりと立ち上がった。ふらふらと来た道を戻ると、璃音は口中に手を入れ、璃律が背をさすっている。必死に。

 瑛明はそれ以外見えていないかのように、璃音の膝の上でうつ伏せになっている姿の傍らに跪いた。


 頬に触れる。

 冷たかった。


「――何で……」


 口にしたら、押さえつけていた何かが溢れた。

 瑛明は両手で固く握りしめた紙片を胸元に押しあて、声を上げて泣いた。


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