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きみは最果ての光  作者: 天水しあ
第二章『内界』
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第八集「父」

「顔を上げよ」


 澄んだ、よく通る声が前方から投げられた。

 し、心臓が口から飛び出すって、こういうことなんじゃないだろうか……と思うくらいに心臓の音がうるさい。瑛明はできるだけ静かに大きく息を吸い、赤い毛氈についた両手を押し、意を決して顔を上げた。 


 玉座の彼の人は、眉間に皺を寄せ、目を眇めてまじまじと自分を眺めていた。

 壇上、玉座に収まる人物は、口元を覆い隠す蒙面マスクも含めて全身紺づくめで、意外と小柄だった。組んだ足に肘を乗せて、身を乗り出すようにして自分を見ている。まっすぐ自分を見つめてくる目は、興味津々とばかりに輝いていた。


 なんて、綺麗な目をしているんだろう――。


______________________________________



 ――なるほど、この人が……。


「なるほどそなたが……」

 言ったきり、眼前の男は腕組みをして黙り込んだ。視線は瑛明に据え続けたまま。居心地の悪さを感じながら、瑛明は身を硬くして座っている。

 門兵たちに母を担がれ、連れてこられたのはこの大邸宅――崔中相の居所であった。


 離れの一室で今、瑛明は中相・崔志按と対峙していた。

 母は別室で寝かされている。 


 つい今朝まで居た家の、何倍はあろうと思われる一室の床は大理石。二人の間に置かれた円卓は、丹念に塗られた漆が上質な光を放っている。色鮮やかな壷や繊細な金銀細工の箱やらが配された棚は香木のようで、室内には気品高い香りが満ちていた。


 中相の背後、瑛明の正面には竹簾が上げられた窓があり、広大な院子の一角が見渡せる。多種多様な花木が配された向こうには輝く池があり、その光に霞んで見えるのが本宅――眼前にいる当主の居所だろう。瑠璃の瓦と丹塗りの柱が、遠目にも鮮やかだ。


 「モテそう」というのが、正面に座す人の第一印象である。


 意志の強そうな目元が印象的な端正な顔立ちだが、目尻には深い皴が刻まれてる。自分より頭一つは大きいものの、大柄ではないことも相俟って、柔和な印象だ。

 俺に似てるか? よく分からんが。でも歳を取ってこの顔になるなら悪くないけど。


 膝上で、ぎゅっと拳を握る。

 ――いいかげん気まずいぞ、その視線。


「これはすまない。何しろ初対面だから」

 心を読まれた? 自然と顔がこわばる瑛明に、中相は随分と砕けた笑みを見せ、

「そう固くならず。大変な一日だったようで疲れただろう。声も少し枯れているようだ。まあ、茶でも飲みなさい」

 そう言って、自分も卓上の碗を手に取った。


 瑛明も同じく茶を手にする。薄い青磁の器に満たされた、濁りない琥珀色の茶の優しい湯気に吸い寄せられるように口をつけると、清々しさの後から口中に広がる優しい甘さに心からほっとした。思わず声が出た。

「美味しい」

「それはよかった」

 中相は目を細めてそう言うと、自らも一口茶を含んで口を湿らせから、茶碗を置いた。


「もう十六年にもなるか。ちょうど今時分だ、玲華れいかは出産のため里帰りしていた。つまり王宮に行っていた。降嫁が決まった際、『出産時は里帰りさせる』よう、当時まだご存命だった彼女の母、つまり大后様が強く望まれてな。玲華もそうしたがったし、先王からも重ねて依頼があったので帰したのだ。だが出産後すぐ君たちは姿を消した。だから私が君と会うのは、今日が初めてだ。生まれた子供が女児だったというのは聞いていたがね」


 ――「女児」って!


 確かにあの門兵も言ってた。「ご息女」と。

 聞き違いだと思いたかったけど――どうやら俺は、出生時から「女」だったらしい。


 見落とされたのか!?(何を)

 この地を出たら男に変異した!?(だったら母さんは)

 母さん、俺に一体、どうしろと!?


 混乱しながらも、とりあえずは情報収集――気を取り直して瑛明は、尋ねる。

「では、私を見た人は、この地には居ないということですか?」

「おまえを取り上げた医師は、おまえが生まれてすぐに不幸な事故で亡くなってしまったが、玲華の侍女が一人、出産に立ち会っていた。彼女の乳姉妹で、玲華が降嫁の際、共に我が家に来、里帰り時は共に王宮に戻った。今、玲華に付き添わせている依軒がそうだ」


 ついさっき会ったばかりの、人がよさげでふくよかな中年女性の姿が浮かんだ。乳姉妹てことは母さんと歳が近いはずだけど、どう見ても母娘くらいの年の差にしか見えない。


 きゃあ! 幼い歓声は院子からだった。

 見ると池水に小舟が浮かび、そこに痩身の女性と、女児が乗っていた。

 中相は瑛明の視線を辿り、

「あれは私の娘と――妻だ。君たちの行方は杳として知れなかったし、立場上、後継ぎが必要だった。他に今年十の息子がいる」


 かつて母に言い放った暴言そのままの現実に、瑛明は自らの心が冷えるのを感じる。


「だが気にすることはない。玲華が私の第一夫人であることは誰もが認めるところで、彼女は現王の叔母でもある。幸い我が家と縁付きたいと願う者は大勢いる。その中からしかるべき相手を探し、おまえを嫁がせよう」


 いや嫁ぐとか無理です、俺、男ですから。


 でも俺が男と知れたら、相続問題が勃発しそう。それに王族の母さんが第一夫人なら、息子の俺は『嫡男』ってことにならないか? 


 それはかなり、マズい気がする。

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