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きみは最果ての光  作者: 天水しあ
第九章『前夜』
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第七十九集「悔悟」

 意味をなさない声が漏れた。

 背中を押す膝が一層食い込み、岩肌が鼻先をかすめる。咄嗟に身を乗り出そうとして、押さえ込まれたのだと知った。


 後ろで捩じり上げられている右腕が軋んで、喉が鳴る。


「手荒な真似をするな!」

 洞内の気が、戦慄く。


 とたんに、地面に押し付けるようにかけられていた背中の力が僅かに緩み、瑛明は慌ただしく息を継いだ。

 だが取られたままの手を引き上げられ、上体を起こされる。瑛明は肩越し振り返ると、鋭い眼光が返ってきた。背後で両腕を戒める人物――璃律だった。


 目の前には、三人の姿。


 燈籠を持った璃音と、王、その背後に、もう一つ、闇の中見え隠れしているもう一つの姿がある。あの体形、恐らくは璃宇。 

 跪く態勢は許されたものの、両手は後ろ手に回されたまま縛り付けられた。璃律の細いが締まった、腕が首元に巻き付けられている。


 苦しくはない、だが身動ぎは許さない絶妙な力加減だ。体形はそう変わらないはずなのに、明らかに、格が違っていた。振り切るのは、とても無理だ。瑛明は小さく息を吐いた。


 王上を、あらゆることからお護りしている、三兄弟。明晰な頭脳を持つ元国師たる祖父を筆頭に、現国師の父親に、その子である手練れの三人。なんて頼もしく――そして危うい。


 だからこそ――目を閉じる。


 完全な闇だ――瑛明がそう感じた時だった。

 いきなり、閉じた目に光が押し寄せてきた。

 薄目を開けたとたん襲ってくる眩しさに、瞬きを繰り返す目の先で、足元の砂利が鳴る。

 目を見開くと、燈籠を手にした王が、数歩先で片膝をついて、こちらを見ていた。

 ただ静かな目が、まっすぐに注がれている。


 「瑛明」静かな声だった。


「おまえが、若い女官を籠絡して、以前の居室の鍵を開けさせたことは、分かっている。そして、細工した道具で黒櫃の鍵を開け、この地下通路を通り、中相の元へ行っていたことも、な」


 自分の思惑がどうであれ、ただ行動を並べてみれば、まさに言われる通りでしかなかった。誰が聞いても企みがあるとしか思えない行為。異を唱える隙さえない。


 だから、開こうとした口が言うべき言葉は何一つなくて、瑛明はただ口を結ぶしかなかった。


「何か言いたいことは?」

 絶対に解けない難問を思いついた子供のような笑顔で、王は尋ねてきた。


 死にたくない。


 ただその一心で、この道を戻ってきた。生きて、あなたに会って、今度こそ何もかもを話すのだと。でもそれ以上に――そんな顔をさせてしまうような、そんな思いをもうさせたくない、ただそれだけだったのに。


「王上」


 瑛明の呼びかけに、表情の消えた王の視線は、微塵も揺らがない。

 瑛明は、ただその目をまっすぐに見返した。


「私は、王上のお側でお役に立ちたいと、ずっと思い続けていました。ですが私は――あまりにも愚かでした。些事にとらわれる余り、大局を見誤っていた。いや、見ようとさえしていなかった。あなたを苦しめたくなかったはずなのに、結果として、さらに苦しめることになってしまった」


 俺は、こんな事態を想定できないほど愚かで、笑ってしまうくらい無力で、なんの後ろ盾もない。何もない――だから、惜しむものは何もない。


 なかったのだ。だからこそ。


「自らが招いた結果なのですから、全て受け入れます。もとより、ここに残るとの決めた時から、この身はすでに王上あなたのものでした」


 きちんと打ち明けるまでは、口に出さずにいるつもりだった。重荷、誤解、どんなものであれ、それで王上を苦しめたくない――そう思ってきた。


 でもそんなことは、どうでもよかったんだ。そんな些事は、本当にどうでも。


 だけどもう今更だ、もう何もかも――瑛明は静かに息を吐いた。


「あなたを、愛しています」


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