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きみは最果ての光  作者: 天水しあ
第九章『前夜』
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第七十八集「過誤」

 今、こんなことを考えていたらだめだ。

 あの人は、王上と腹心しか知らないはずの地下通路の秘密を暴き、俺を襲わせ、禁忌とされている外界に出入りしていたことを認めたのだ。

 このことを、どう王上に伝えるか。


 正体も目的も分からない襲撃者がいることで、それでなくても細い身がさらに細るほど心労を抱えていらっしゃるのに、それが王上がもっとも信頼して、敬愛している中相だったとしたら、どれだけの衝撃を受けられるか――。


 「いや――違う」そうじゃない。


 知らず湧きあがった声が、にわかに背筋を冷たくした。


 王上の心を乱したくないというのは嘘じゃない。だからいい加減な憶測で話をしたくないと思った。たとえ認めないとしても、俺が疑っているんだぞと告げたら、二度と宮中に忍び込むような真似はしないだろう、そんな期待もあった。


 でも――そうであって欲しくない、仮にそうだとしても、できれば穏便に済ませたいという俺の心が、無意識に問題を先送りにし、見通しを甘くしていただけではないのか。

 襲撃の時から、半ば確信ともいえる疑いを持ち続けていたのに。


 でも結果的に――今の今まで、俺は何の手も打たずに放置してきたということ。


 そこまで思い至って――ずしりとした重さがのしかかってきた。


 ――俺は、とんでもなく大きな過ちを、おかしてしまったんじゃないだろうか。


 旺盛な好奇心で地下通路を使って外界へ行き、反抗的な俺を懲らしめるために、ちょっと脅しをかけに宮中に来ただけ――じゃなかったら。


 外界に行ったのも、異界への好奇心でも俺たち母子を見るためでも――それだけじゃなかったとしたら。


 『焼いた炭を呑むようにと言った』あんな恐ろしいことを事もなげに言って、美しく笑ったあの人に――もう、常軌を逸しているとしか思えないあの人の行動に、「意味」も「要不要」も――あるわけがない。


 ぞっとした。


 足元からじわじわと這い上がってくる寒さとは別の、鋭い冷気に身を突き刺されたかのようだった。


 堰き止められたものが一気に心奥からあふれ出してきて、その、恐ろしいほど暗い澱みに瑛明は思わず口元を押さえる。


 この道を来るとき、刺し違える覚悟だってしていたはずだ。それだけの話なんだと分かっていたはずなのに、俺はなんて――瑛明はぐっと唇を噛んだ。


 瑛明は足早に歩きだす。それはやがて、小走りになった。


 早く戻らないと。

 戻って、王上とお会いしないと。


 中相が参内する前に、なんとか璃音に連絡を。宿直のあの女官に接触して、それから、それから――。


 向かう先、はるか向こうで、ちらっと光が瞬いた。

 扉の錠前に、燈籠の灯がはねたのだろう。少しばかりほっとして、瑛明は首にかけていた鍵を取り出し、さらに足を速めた。


 扉前にたどり着き、手にした鍵を鍵穴に挿そうとする。


 だけど手が震えて、なかなか挿し込むことができない。止まらない震えは寒さのせいなのか、身奥からこみ上げてくる、言い知れぬ恐怖のせいなのか。


 それでもようやくカチリと音がして、瑛明がほっと息をついたときだった。


 勢いよく、扉が開いた。


 「わっ!」思わず声が上がった。


 気づいたら――目の先に、燈籠が転がっている。火が消えてしまう、慌てて手を伸ばそうとしたけれど、何故か指先がわずかに伸びただけだった。


 扉に手をかけた左手、次いで両膝の違和感が、痛みだと気づく。どうしてか息も苦しい。

 背後を振り返ろうと身動ぎしたら、後ろでとられた腕が一層締め上げられ、背中に押し付けられた膝に、さらに重みがかけられてくる。声にならない声が、口の端から漏れた。


 そこでようやく、瑛明は自分が捕らえられたことを知った。


 それでもどうにか、わずかに後ろに首を捻じ曲げると、背後にのしかかっている男らしい輪郭を、背後からの光が浮かび上がらせていた。その後ろに、燈籠を手に立っているのは、璃音。


 彼女は、微動だにせず、冷ややかにこちらを見下ろしている。その目に――その奥にあるものに捉えられたように、瑛明は目を外すことができない。


 そして。


 「瑛明」静かな声。


 向き直る。

 燈籠の朧な火が、正面に立つ白い足元を浮かび上がらせていた。瑛明が目線を上げるのを見計らったかのように、璃音がゆっくりと、その人の横、僅かに下がって立つ。いつもの立ち位置だった。


「残念だ」

 絞りだされた声の語尾が、わずかに揺れた。


 

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