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きみは最果ての光  作者: 天水しあ
第八章『足音』
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第六十五集「秘密」

 何の変哲もない内容だ。

 地方へ巡回に出る挨拶、年明けで慌ただしく会いに行けないことへの詫び、身体の心配――誰が、どう見たって、離れた子の心配をする親心が溢れていると言うだろう。

 しかもご丁寧に、自分が地方にいる間も本の取り寄せができるようにしておくので、希望があれば今まで通り依軒に伝えるようにとまで書き添えてある。


 まさか俺の読みたい本を中相の子が探すのか――幼い眼差しにあからさまにされた敵意を思い出した。だが。

 「まさか」瑛明の危惧を、依軒は一笑に付した。


 言うに、あの竹林に入ることを許されたのは、瑛明の他にもう一人いるのだという。中相の指示で購入した本を運び込んだり、竹庵の掃除をする下男で、耳がきこえない者なのだと。


 もしかしてあの――朝起きて窓を開けると、必ずと言っていいほど、池を攫っている細身の姿があった。院子にわに出ると、どこかしらで箒を動かしている姿をよく見かけた。


 一度だけ草をむしる男の背に「いい天気ですね」と声をかけたことがある。

 だが一瞬遅れて背後を振り返った男は、ひどく驚き、曖昧に顔を歪めるだけだった。その様子に、話しかけるのは迷惑なんだと思い、以来、一度も話しかけなかったのだが――。


 依軒は得意げに、中相が街で男を拾ってきて、側近くでずっと使ってやっているのだと話した。

 男は字を読むことはできないが、形として認識できる能力を中相に買われ、妻子にさえ出入りを許さなかった竹庵に入れるだけでなく、本の整理を手伝わせるようになったのだと。


 他にも喋れない者や、目の見えない者を下男として雇っているのだと依軒は言った。中相の慈悲深さだと依軒は言うが、瑛明はその言葉を素直に受け取ることができない。


 あの人が、単に憐憫や善意や、まして慈悲だけで人を使うとは思えない――字も読めず、聞くことも話すことも不得手ならば――秘密を守るのに、最高の助手ではないのか?


 手にした書は相変わらず、流れるような、それでいて崩れ過ぎていない美しい手蹟。もう内容も覚えてしまった。だけど見れば見るほど、言外に他に意図することが隠されているのではないかと思ってしまう。


 何か――警告が潜んでいるのではないか。



 「他に」俺が邪魔なのは誰か――あれから、瑛明は考えてみた。

 左相、右相、他の皇族――だけど、どう考えても、俺を害することに一族の存亡をかけるほどの見返りが、彼らにあるとは思えない。


 左相は俺のことを面白くないと思っているだろうが、かといって嫌がらせをされたことはない。俺と娘がうまくやっていることも分かっている。芳倫がとりなしてくれているからなんだろうけれど――つまりその程度で収まる話だということだ。

 俺が居なければ芳倫の王后は揺るがない。とはいえ、そもそも皇統が危うい今、王后という位に、命のやりとりをするほどのものがあるとは、どうしても思えない。


 いくら権勢を削がれたとはいえ、いまだ犯し難い威光を放つ名門である。俺を、ひいては所詮成り上がりでしかない中相を排除する必要があるだろうか。事が露見したら、恐らく一族皆殺しの憂き目に――。


「そういや桃花源の刑罰ってどうなってるんだろ」

 殺したら殺される――そう中相は言っていた。


 それはつまり庶民でも、皇族でも、命は等しいということか? だったらあのとき、たとえ俺が殺されていたとしても、その代償は犯人の命であって、黒幕には何の咎めもない? いや、皇宮への侵入は問われるか。


 「今度、刑法を読んでみよう」瑛明は呟く。竹庵の蔵書には確かにあったし、中相他から国全体の概要として刑法の説明はあったけれど、きちんと読んだことがない。つい読みやすい物語や歴史書に手が伸びてしまっていた。


 瑛明は信書を折り畳み、再び引き出しの奥にしまう。そうして鏡台から立ち上がった。結局どれだけ考えても、真っ先に浮かんだ名が、他の名前を霞ませてしまう。


 一番見返りなんかない。

 俺に何かあったら、最も困る人物のはず。


 まして俺の正体が知れてしまったら――失うものはあっても得るものは何もないはずなのに。だけどそれでも。


『どうなっても、知らないからな』


 何の得もない。あり得ない。

 いくらなんでもそこまでは――そう言い聞かせるのに、あの、ゾッとするほど冷えた笑みが、どうしても消せない。

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