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きみは最果ての光  作者: 天水しあ
第七章『背反』
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第五十六「不去」

 足元を照らしながら階段を下りると、最下段に先ほど手から零れた鍵が転がっていた。瑛明はそれを拾い上げ、首に下げた小袋に入れる。


 地下通路に出ると、遥か前方にほの揺れる光が見え隠れしている。瑛明は右手で裙子をたくしあげ、大股で、速足で進んだ。


 次第に目指す光が近づく。そして手にした光の揺れ加減で、先を行く姿がぼうっと浮かんでは沈む。間には誰もいない。瑛明はいっそう足を速め、距離を詰めていく。

 間もなく手が届く――というところで追っていた姿が、いきなり駆け出した――と思ったとたん、いきなり前につんのめった。


「危ない!」

 瑛明がざっと足を踏み出して右手を伸ばしたが、態勢を崩した姿には届かない。

 だがその姿は、足を地面に滑らせながらもどうにかこらえ、踏みとどまった。瑛明は安堵の息を漏らしながら、その前に回り込む。「すぐ戻ると申し上げましたのに」


 すると王はついっと横を向き、「邪魔をしては、悪いと思って」尖った声だった。


 「邪魔って……」感情は声にも表れたらしく、王は明らかにムッとした顔をして、

「それに、言っていたじゃないか。『ちょっと下がるだけ』だって。『すぐ戻る』って。そんな見え透いた嘘を、何度も聞く必要はないだろう」

 「ああ」瑛明は小さく声を上げた。そうして今度ははっきりと笑ってみせた。

「あれは彼女に言ったのです。王上にではない」


「やっぱり嘘なのか!?」

 裏返る声に、瑛明は一つ頷いてみせた。「そうですよ」

 瑛明の答えに、王は目を伏せた。じっと足下を見つめ、動かない。


 だが、突如顔を上げ、

「何故? 確かに、今は桃花宮内しか動けないし、身内扱いだから一室しか与えられない。志按のところにいるより、ずっと不自由なのは理解している。でも志按にはたやすく会えるようにしているし、四六時中監視をつけるようなこともしていない。できる限り要望に沿うつもりもある。なのに」


 どうして――呑み込まれた声は、確かに聞こえた。


 瑛明は、細く長く、息を吐く。ひそやかに。

「決して不自由も不満もありません。むしろご多忙の中、いつも細やかな配慮をいただき、恐縮しているくらいです」

 「では」息を詰めた王が、ゆっくりと背を向ける。砂礫を踏む音が、僅かに反響した。


「私が嫌なのか」


「それは違います!」

 反射的に上げた声が洞内に響き渡った。瑛明は滑るように、王の前に回り込む。


 こんな顔――させたくなかったのに。


 瑛明は、じっと俯く目線に合わせるように僅かに身を屈めると、

「王上には本当によくしていただいて、心から感謝しています。ですが私は、それに何も返せないのです。今の私は、王上の力になるどころか、盾になることさえできません。私は、王上に生涯お仕えできるだけの人物になりたいのです。このままここにいても――」


 俺は、世継ぎを産める身ではないから――その言葉は、喉で止まった。


 もう嘘はつきたくない。

 でも、これを言葉にしてしまったら――全て終わってしまう。今までの全てが、消えてしまう。偽りに積み重ねられたものだとしても、積まれたものに嘘はない。


 瑛明は天を仰いだ。

 どうしたらいいんだろう――突き上げる思いをこらえるように、唇を噛み締めた。

 どれくらいの時間が経ったのか――ふと、口元が緩んだ。


 ――何の音だ。


 洞内に反響する、小さな音。蠟燭の燃える音より、ずっと微かな。

 辺りを見回し、その音がすぐ目の前で発せられていることに気づいた時、瑛明の右袖が、くっと掴まれた。


「――行かないで」


 気のせいかと思うくらいのささやかな声を上げた人の肩は、震えていた。しゃくり上げる声が、次第にはっきりと洞内に染みていく。


 驚くほど一気に熱が引いた。

 何で俺は、この方から離れようとしたんだろう。


 いつもは穏やかで、凛々しくて、冷静に周囲を見ている。なのに、時に激情家で、立場も忘れて一人でこんな無茶をして、怪我までして、こんなにも危うい。


 こんな人――置いていけるわけがない。


「行きません」

 瑛明は、自分の袖を握りしめる細い指に、自らの左手を重ねる。

 そしてその手を押し戴くように、跪いた。


「行きません、どこにも。あなたがお許しくださるならずっと、お傍におります」


 たとえあなたが――許してくれなくても。


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