第五十三集「思慮」
「どうした? 疲れた顔をしている」
即座に否定しようと思ったのに、言葉が出てこず、瑛明はただ曖昧に笑ってみせた。
いつもどおりに王の好意で用意された昼餐を、璃音の給仕で共に食した。たわいない話で談笑する親子の図を、いつも以上に意識した。
だからいつも以上に饒舌になってしまったけど、何を話したかはあまり覚えていない。
食後の茶が用意されて、璃音が亭台を下りていったのはつい今しがた。
その姿を追うように、瑛明はふと院子に目を投げる。
今朝は雲が多かったのに、いい天気になったんだな……薄雲に透ける青空に瑛明が心を寄せたとき、石卓越しの中相が僅かに身を乗り出した。
「間もなく年が終わる。おまえがこちらに戻って初めての新年、かつ喪中の身ゆえ、新年行事で賑わう宮中を下がらせ、家族で静かに過ごしたいと私から申し出れば、誰も異は唱えまい」
「――それから?」
「その後は簡単だ。家に戻った後、おまえは病になる。そのまま長期療養だな」
「それで?」
「新年が開けたら、私は久々に地方の巡回に出る予定だ」
「は?」
年に何度か巡回に出ると聞いていたけれど、少なくとも俺が戻ってからは一度も行ってないはず。でも、何だって今、そんな話を急に。
「そこで私は引き取ってこようと思う」
「何を?」
すると突然、中相がにっこりと笑った。滅多にないことに戸惑う瑛明に、
「隠し子だ」
「か、隠し――!?」
驚きの余り勢いよく立ち上がってしまい、手元の茶碗がガチャンと派手な音を立て傾く。
「おっと危ない」しかし中相は平然と、その茶碗を両手で押さえる。「気をつけろ。宮中の品を壊したら、色々とやっかいなのだ」
「申し訳ございません」
謝罪の言葉を口にしながら座り直したが、瑛明の動揺はまったく収まってはいない。
「何を驚いている――おまえのことだ」
「え、俺!?」声が裏返った。
「そう。母一人子一人で静かに暮らしていたが、母が亡くなったので引き取ることにした――という話だ」
ああ、そういうことか。密かに息を吐き、でも半分は本当だな……瑛明が思っていると、「嘘は少ない方がいいからな」目を向けると、中相は自らの茶碗に手を伸ばしているところだった。
――この人、実は心が読めるんだろうか。
「でも隠し子だなんて、また色々言われませんか?」瑛明が問うと、中相は冷えた笑みを浮かべて、
「言う者はこれまでだって色々言っている。好きにさせておけばいい。むしろ『中相も人の子だったんだな』と親しく思ってくれる者が増えそうだ」
自分で言うか。まあ、この人らしいけれど――歪む口元を隠すように、瑛明は茶に手を伸ばす。
「おまえは私の庶長子として国学へ通うがいい。当然あれこれ言われるだろうが……」
「――それで?」
茶碗を手に取ろうと目を落とした中相が、再び目を上げる。その目を捉えながら、
「『瑛明』はどうなるんです?」
中相は目を外すことなく静かに茶碗を置き、
「いつまでも長期療養というわけにもいくまい。しかしおまえは一人しかいないし、それが国学に通うというのであれば……」
病死――かな? 静かに広がる笑みを隠すように、瑛明は顔を伏せる。
『俺』が死んだと聞いたら、王はどうされるだろう。悲しまないでいてくれるといいのだけれど……。
「もしくは」
僅かに低くなった中相の声に、今度は瑛明が目を上げる番だった。
「外界恋しさに、おまえが勝手に出て行った」
「それは――!」咄嗟に上がった声の大きさに、瑛明は慌てて口を噤んだ。顔を伏せてしばし唇を噛み、今度は静かに言った。
「それは……嫌です」
俺が、ここが嫌だったと思わせるなんて。
一緒に過ごした時間は嘘だったのかと思わせるなんて。
それだけは――絶対に嫌だ。
「難しい顔をしている」
言われて目を上げると、中相が立ち上がっていた。
そのまま歩み寄ってきて、瑛明の傍らに立つと、流れるように瑛明の右肩に自身の右手をのせる。
「少し痩せたな。きちんと食べているか?」
「はい。それはもう、しっかりと」
胸が騒がしい。
『家族』なんだからと思いながら、嬉しいような、気恥ずかしいような。
だけどそれ以上に妖しく胸を騒がせるのは、全てを見透かされてしまうのではないかという――漠然とした不安。
「さぞかし心労の多い日々だったことだろう。本当に申し訳なかった。国学に通うまでの間は、ゆるりと過ごすといい。あとは私が万事うまく取り計らおう」
そうか。
そうだな、中相がそう言うんだから――きっとそうだ。
ずっと誰かが傍にいる日々は、平和だったけれど時々、息が詰まりそうだった。
しばらくはあの離れや竹林で、誰の目を気にすることなくゆっくりと。
それからは男子として堂々と。ずっと夢見ていたことだ。
だけど――どうしてだろう、心が鎮まらないのは。
「おまえは考え過ぎる」
いつの間にか中相が顔を寄せていた。そうして耳元に流し込まれた囁き――瑛明の身体が、一気に冷え込み、抗った。
違う。
俺は何も――考えていない。




