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きみは最果ての光  作者: 天水しあ
第七章『背反』
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第五十三集「思慮」

「どうした? 疲れた顔をしている」


 即座に否定しようと思ったのに、言葉が出てこず、瑛明はただ曖昧に笑ってみせた。


 いつもどおりに王の好意で用意された昼餐を、璃音の給仕で共に食した。たわいない話で談笑する親子の図を、いつも以上に意識した。

 だからいつも以上に饒舌になってしまったけど、何を話したかはあまり覚えていない。


 食後の茶が用意されて、璃音が亭台を下りていったのはつい今しがた。

 その姿を追うように、瑛明はふと院子に目を投げる。

 今朝は雲が多かったのに、いい天気になったんだな……薄雲に透ける青空に瑛明が心を寄せたとき、石卓越しの中相が僅かに身を乗り出した。


「間もなく年が終わる。おまえがこちらに戻って初めての新年、かつ喪中の身ゆえ、新年行事で賑わう宮中を下がらせ、家族で静かに過ごしたいと私から申し出れば、誰も異は唱えまい」


「――それから?」


「その後は簡単だ。家に戻った後、おまえは病になる。そのまま長期療養だな」

「それで?」

「新年が開けたら、私は久々に地方の巡回に出る予定だ」


「は?」

 年に何度か巡回に出ると聞いていたけれど、少なくとも俺が戻ってからは一度も行ってないはず。でも、何だって今、そんな話を急に。


「そこで私は引き取ってこようと思う」

「何を?」

 すると突然、中相がにっこりと笑った。滅多にないことに戸惑う瑛明に、

「隠し子だ」

「か、隠し――!?」

 驚きの余り勢いよく立ち上がってしまい、手元の茶碗がガチャンと派手な音を立て傾く。


 「おっと危ない」しかし中相は平然と、その茶碗を両手で押さえる。「気をつけろ。宮中の品を壊したら、色々とやっかいなのだ」

「申し訳ございません」

 謝罪の言葉を口にしながら座り直したが、瑛明の動揺はまったく収まってはいない。


「何を驚いている――おまえのことだ」

 「え、俺!?」声が裏返った。

「そう。母一人子一人で静かに暮らしていたが、母が亡くなったので引き取ることにした――という話だ」

 ああ、そういうことか。密かに息を吐き、でも半分は本当だな……瑛明が思っていると、「嘘は少ない方がいいからな」目を向けると、中相は自らの茶碗に手を伸ばしているところだった。


 ――この人、実は心が読めるんだろうか。


 「でも隠し子だなんて、また色々言われませんか?」瑛明が問うと、中相は冷えた笑みを浮かべて、

「言う者はこれまでだって色々言っている。好きにさせておけばいい。むしろ『中相も人の子だったんだな』と親しく思ってくれる者が増えそうだ」

 自分で言うか。まあ、この人らしいけれど――歪む口元を隠すように、瑛明は茶に手を伸ばす。


「おまえは私の庶長子として国学へ通うがいい。当然あれこれ言われるだろうが……」

「――それで?」

 茶碗を手に取ろうと目を落とした中相が、再び目を上げる。その目を捉えながら、


「『瑛明おれ』はどうなるんです?」


 中相は目を外すことなく静かに茶碗を置き、

「いつまでも長期療養というわけにもいくまい。しかしおまえは一人しかいないし、それが国学に通うというのであれば……」


 病死――かな? 静かに広がる笑みを隠すように、瑛明は顔を伏せる。


 『俺』が死んだと聞いたら、王はどうされるだろう。悲しまないでいてくれるといいのだけれど……。


「もしくは」

 僅かに低くなった中相の声に、今度は瑛明が目を上げる番だった。


「外界恋しさに、おまえが勝手に出て行った」

「それは――!」咄嗟に上がった声の大きさに、瑛明は慌てて口を噤んだ。顔を伏せてしばし唇を噛み、今度は静かに言った。


「それは……嫌です」

 俺が、ここが嫌だったと思わせるなんて。

 一緒に過ごした時間は嘘だったのかと思わせるなんて。


 それだけは――絶対に嫌だ。




「難しい顔をしている」

 言われて目を上げると、中相が立ち上がっていた。

 そのまま歩み寄ってきて、瑛明の傍らに立つと、流れるように瑛明の右肩に自身の右手をのせる。

「少し痩せたな。きちんと食べているか?」

「はい。それはもう、しっかりと」


 胸が騒がしい。

 『家族』なんだからと思いながら、嬉しいような、気恥ずかしいような。

 だけどそれ以上に妖しく胸を騒がせるのは、全てを見透かされてしまうのではないかという――漠然とした不安。


「さぞかし心労の多い日々だったことだろう。本当に申し訳なかった。国学に通うまでの間は、ゆるりと過ごすといい。あとは私が万事うまく取り計らおう」


 そうか。


 そうだな、中相がそう言うんだから――きっとそうだ。


 ずっと誰かが傍にいる日々は、平和だったけれど時々、息が詰まりそうだった。

 しばらくはあの離れや竹林で、誰の目を気にすることなくゆっくりと。

 それからは男子として堂々と。ずっと夢見ていたことだ。


 だけど――どうしてだろう、心が鎮まらないのは。


「おまえは考え過ぎる」

 いつの間にか中相が顔を寄せていた。そうして耳元に流し込まれた囁き――瑛明の身体が、一気に冷え込み、抗った。


 違う。



 俺は何も――考えていない。


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