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きみは最果ての光  作者: 天水しあ
第六章『逢瀬』
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第四十七集「可能性」

 ほどなくやってきた牛車に兄妹が乗り込むころには、璃宇に役割を与えられた者以外の観衆はほとんどいなくなっており、閉門間近らしく通りは閑散としていた。


「ご苦労だった。悪いがこのまま詰所まで行ってくれ。茶くらい振舞おう」と璃宇が声を張り上げながら隣に座ったことで、璃律が御者となって車を進めることとなったことを知った。


 二人は来たときと同じように向かい合って座る。しかし車内に、行きの軽やかさはない。王は僅かに目を伏せ、黙ったままだ。

 『そこまで』は思ってないにしても、いきなり竹が崩れ落ちてくるなんて、普通に怖いよな。まして普段は、外敵のない宮中で大勢に守られて暮らす人なのだから。

 色からして古い竹だったから、あの硬さと太さなら、当たりどころが悪ければ――。


 「ごめん」消え入りそうな声は、伏せた面からだった。


「私の軽率な行動で、おまえに怪我をさせてしまった。本当に、申し訳ないことをした」


 ――え、そこ!? 


 沈痛な声が告げたのは王自身の身体を損なう恐怖でも正体が露見する危惧でもなく、自分に対する謝罪だったことに、瑛明はひどく驚いてしまった。

 驚きの余り、気が抜けた。そこでようやく、自分の心身が強張っていたことに気づかされる。 


 はあっと息を吐いた。


「大丈夫です、こうやって冷やしてますから」

 明るい声を上げた瑛明は、左手で濡れた布の上から額を押さえている。そこで僅かに上がった目に、瑛明はすかさず笑いかけ、

「確かにちょっと驚くこともありましたけど、楽しかったです。ここに来て、今日が一番楽しかった……。本当にありがとうございました」

 言い切って、深々と頭を下げる。


 これが偽らざる本心であることを、どうにか伝えたかった。たとえ僅かばかりの怪我をしたからといって、この気持ちが揺らぐことはないということを。


 顔を上げた。

 目の前で、王は笑っていた。ややぎこちない笑みを見せながら、「私もだ」



 特別区の門は開いていた。

 帰りの遅さにやきもきしていた王師は、車が中に入るや否や急ぎ門を閉ざし、停まった車に駆け寄ってきた。そうして車から降りた二人が汚れていることに驚き、孫から事情を聞いてさらに驚きを見せた。


 そんな師に、王はいつものような柔らかい笑みをみせ、

「心配をかけてすまない、だが本当に私たちは大丈夫だ。二人がうまく立ち回ってくれたから、大した騒ぎにもならなかった」

「それであれば、よろしいのですが……。ですが、念のためということもあります。王上はどうぞこちらへ。少々診させていただきます。ですが」

 言いながら王師が、瑛明に目を投げてきた。


 王師は俺を女だと思ってるから、無闇には診られないということだろう。却ってありがたい、瑛明は思いながら、

「ご心配なく。ここまで来る間に、なんの異常もありませんでした。私は戻ってから診てもらっても、遅くはありません」

 その言葉に、「それならば」と王師は頷き、門の傍らにある小屋に王を伴い入っていった。その後に「当然」とばかりに璃律は従っていく。去っていくときに向けられた眼差しはやはり鋭かったけれど、いつもとは違う光が宿っているように見えた。


 怪我をしたことの同情か、王を守ったことへの感謝か――まあ、後者かな。そう思ったら、自ずと口元が緩んだ。


「大丈夫ですか?」

 そう声をかけてきた璃宇だ。本当に心配げに自分に目を向けてきただけでなく、「申し訳ございません、我々が駆け付けるのが遅くなり、このような事態に」そう言って跪くから、瑛明はあたふたして、「いやいやいや、そういうのいいから!」


 「そんなことより」瑛明は背後を振り返った。三人の姿は、既に小屋の中へと消えている。「どうだった」

 その言葉を契機に、二人は揃って小屋に背を向け、身を寄せる。


 璃宇は懐に手を入れると、「拾ってきたのはこちらですが、千切れたように見受けられます」

 大きな手が握っていたのは数本の紐である。立てかけられていた竹を縛っていたものだ。


 瑛明はそのうちの一本を取り上げ、両端を手に取ってしげしげと眺めた。編まれた太縄の両端の断面はどちらも乱れていて、鋭利なもので切られた形跡はない。


 もちろんそれならば、それに越したことはないけれど。


 でも何故、王上があそこにいる、あの時なんだ。

 それにあの竹の倒れ方――立てかけ方を考えると、少し不自然な気がしないでもない。


 背後でばたんと扉の開く音がする。振り返ると璃律が外に出てきたところだった。その目に、不審が込められているように見えるのは気のせいなのか。瑛明はとっさに残りの縄も璃宇の手からさらうと、懐に捻じ込んだ。


「待たせたな、帰るぞ」


 現れた王の顔に、少し色がついているように見える。やっと人心地がついたようだ。よかった――思いながら瑛明は、「はい」と頷いた。

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