表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きみは最果ての光  作者: 天水しあ
第六章『逢瀬』
46/100

第四十六集「影」

 瑛明がボソッと呟いた声に、小妹がチラッと横を向き「え?」という目を向けてきた。「ちょっと時間がかかるかもしれませんが」


「本当に!?」

 弾んだ声に、奥で話し込んでいた話していた店の二人が、揃って目を向けてきた。


「ほ、本当です。だから――行きますよ!」

 それは瑛明も同様で――次の瞬間には声を上げながら身を引いていて、その勢いのまま立ち上がっていた。「待って、じゃあこれを戻すから」そんな声に背を向け、瑛明は通りの様子を窺う態で、大股で店から距離をとる。


 無駄にうるさい心音を感じながら、そういやあいつ、どこかで見てるんだろうか。全然姿を見つけられなかったけど。まあいいや、とりあえず深呼吸――そう自らに言い聞かせたときだった。


 目の前を通りかかった女性が、ふとこちらを見、口を大きく開けたまま硬直する。


 ――何? 

 

 瑛明が眉を寄せたとき、背後からガラガラっという音。被さる甲高い悲鳴。「危ない!」そんな声が聞こえた。

 

 耳をつんざく悲鳴と腹に来る怒号が、幾分遠くから聞こえる。そして。

 「――い、おいっ!」――これはすぐ真下から。


 ハッと目が開いた。

 ああ俺、一瞬、意識が飛んでた。


 そうして地に伏している自分と、その下に抱えている姿に、事の顛末を理解した。

 女性の悲鳴に振り返ったら、垣根に整然と立てかけられていたはずの竹が崩れ、弧を描いて地に落ちようというところ。


 その先には、しゃがみこんだまま、両手に持った抽斗を店の奥に置こうと手を伸ばしている小さな背中。目がけて飛び込んだ。その頭を抱え込んだ直後に、息の詰まる衝撃。


 頭にだけはあてないようにしたはずだったのに、地面に跳ね返った一本が額に当たったらしい。なんて間抜けな話なんだか。


 「おいってば!」腕の下で、声を上げながらもがくものがある。


 身体を緩めたとたん、肩越し振り返った横顔が必死な目を向けて来て、「大丈夫か! 怪我は?」


 ――そうだ怪我!


 瑛明は慌てて身体を起こして抱え込んでいた後姿をひっくり返し、自分に向き直らせた。「お怪我は!」言いながら瑛明は、向かい合う姿の顔、両肩、両腕を、まるでその輪郭を確かめるかのように丹念に、両手でなぞっていく。


「だ、大丈夫、私は本当に、どこも痛くないから!」


 半ば裏返った、切羽詰まった必死な声。見れば、目線を外している声の主が、僅かに顔を赤らめている。

 非常事態――とはいえ、自分の行動が不遜であったと今さらながら思い至り、瑛明は「すみません」口ごもりながら、慌てて上体を起こし、小妹から距離をとった。


 心音が激しい。


 落ち着かなければ――そう自らに言い聞かせ、意識的に呼吸の回数を減らす。

 呼吸が静まったとたん、「おいあんたら大丈夫か」「誰か、お医者を呼んで来て!」「竹が倒れてくるなんて、管理はどうなってるんだ!」たちまち耳に押し寄せてくるのは、集まった人たちから上がる様々な声。


 「俺も妹も大丈夫です」そう言いながら瑛明は笑顔で周囲を見渡しつつ、心はまた別のざわめきに捉われていた。


 あの竹、確かにしっかりと垣根に結び付けられていたはずだ。なのに何故……。


 周囲にさらりと目を投げながら、そのままの流れで背後を振り返った。地面にばらついてる竹。その下に、確かに紐はある。あれは――瑛明が身を乗り出しかけたとき、


 「血が!」声とともに白い手が、額に伸びてきた。


 それを遮るかのように慌てて自分の手で額を押さえると、確かに鈍痛がする。引き剥がした指先には、ほのかに朱色がついていた。

「かすり傷です。腫れてるだけですし、冷やせば大丈夫です」

 笑顔は正面に向けつつ、心は傍ら、竹の下敷きになっている紐にある。


 今すぐ確かめたい。だけど――もし「俺が懸念するような事態」ならば、俺が『気づいた』と悟らせるのは、賢明じゃない。なにより、この方にそんな懸念を気取られるわけには――。


 「大丈夫か!」聞き覚えのある声に目を向けたら、声と同じく必死な眼差しが、自分には目もくれずに、小妹を目がけ、駆け付ける姿が見えた。

 璃律である。くたびれた粗布の上下に竹籠を負った姿は、あたかも小売人のようで周囲に溶け込んでいたものの、眼光の鋭さは変わらず――というより、普段より鋭い。だからなのか周囲が自ずと距離をとってしまっている。さらに、


「どうした!」

 駆け付けてきたのは、璃宇だった。立派な体躯と響き渡る声、その迫力に、人垣が一層遠ざかっていく。


 璃宇は兄妹の傍らに膝をつき、「大丈夫か?」言いながら、まずは主を、それから瑛明に目を投げて、もう一度主に目を戻した。

 「私は大丈夫。だが」言葉とともに主が投げた視線の先を、璃宇が辿る。


 瑛明は左を向きながら右手を上げ、正面から向けられる視線を遮るように額に手をあてると、「これは大したことはありません。それより早くここを」

 言いながら璃宇の目をまっすぐに捉え、袖の影で眼だけを動かし、背後を示す。


 璃宇は僅かに眉を開いたが――突如がっと瑛明の右手を掴み、額から引き剥がすと、「おまえ、額を打っているではないか! 近くに我々の詰所があるから手当をしよう」


 言うなり立ちあがり、「おい、おまえ!」声を張り上げ、隣に駆けつけてきた璃律を指さした。


「そこの小路に、竹を運んできた私の牛車がある。ここまで引いて来い」

 「分かった」璃律は確かに頷いて、にわかに駆け出す。さらに璃宇は遠巻きにこちらをうかがっている群衆に向き直ると、


「あと、おまえとおまえは、この店の店じまいを手伝え。おまえとおまえは、通りに散らばっている壊れ物を片付けろ。これ以上の怪我人が出ぬよう、欠片一つ残さぬように丁寧に拾え。俺はこの竹を片付ける。あとの者は――作業の邪魔だからく散れ。間もなく鼓声だ、帰りが遅れては野獣の餌食になるぞ」

 野太い声でテキパキと指示を飛ばしたところで肩越しこちらを見下ろしてきて、

「車が来るまで、おまえたちはどいていろ」

「分かりました! じゃあ小妹、こっち」

 威厳に押されたかのように素直な声を上げた瑛明は、小妹の背に手を添え、半ば抱えるようにしてその場を後にする。


 入れ替わるように大股で寄ってきた璃宇が、転がっている竹を片付け始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ