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きみは最果ての光  作者: 天水しあ
第六章『逢瀬』
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第四十集「兄妹」

 芳倫と同じ、古式ゆかしい深衣姿だった。長い上着と裙子を繋げ、身体に巻き付けて帯を結んでいる。宮中で見る女官たちもこの姿だったが、ただし素材は絹だった。

 今、王が身につけているのは、自分の衣装と同じく、恐らくは麻――つまりは、庶民を装って市を楽しむつもりということだ。


 とはいえ以前、王宮に上がる際に車から覗き見した、(よく言えば)素っ気ない庶民の衣装とは違い、ほんのり染められた黄色に、襟、袖を縁取る若竹色は品のいい色合いだ。

 顔には薄桃色の紅がさされていて、額の花鈿かでんも同色。紅点が五点ある。桃の花だろうか。


 衣装も、上辺を少しだけすくって頭上でまとめ上げられた髪に挿された櫛も、決して高価なものではない。なのに――色合いのせいだろうか。いつもの凛とした姿に、どことなく艶やかさが仄見えて、つい目を引かれてしまうのは――。


「あんまり見るな。粗探しのつもりか」

 声に意識が引き戻された。正面、僅かに目線を外した王が、幾分気まずそうな顔をしている。瑛明は慌てて、

「そんなつもりは。それを言うなら俺だって」


 しまった、つい。


 焦る瑛明の眼前で、王がふっと目を細めた。

「久々に男装して、塾に行っていた頃を思い出したか。その方が、むしろ自然体でいい」

「そう、ですかね……」なんだかよく分からないけど、うまくごまかせた? 

 ぎこちなく笑いながら密かに安堵していると、「じゃあ、行くか」そう言って、王は瑛明の脇を抜けて歩き出した。

「はい王上」


 後ろに続こうと歩を踏み出した目の前で、いきなり王が立ち止まった。


 危うくぶつかりかけ、たたらを踏んでしまった瑛明の鼻先に、跳ねた毛先が触れる。くすぐったい――思ったとき、こちらに向き直った王が、自分を上目遣いでじっと見ていた。


「その呼び方、市ではやめろ。騒ぎになる。言っておくが、今はおまえの方が有名人だ。姿は知られていなくても、崔瑛明の名は城内で持ち切りだ」


 ――そんなに!?


「ということで――今から私はおまえの『妹』だ」

 「妹!?」思わず声が裏返ってしまった瑛明に、王はにっこりと笑いかけ、「そうですよ『大兄』」

「大兄!?」

「我々は同族だ。兄妹の呼び方は理にかなっている」

 確かに同族内では、同世代の年長者を兄姉と呼び、年少者を弟妹と呼ぶ。それはそうなのだが――。

「ですが、俺が兄、ですか?」

「璃音と出かけるときには、私は妹だ。そちらの方が慣れている。それに、見た目からしても、そちらの方がいいだろう」


 ――そうなのか?


「試しに私のことを呼んでみろ」

 はい王上――出かかった声は、睨み上げてくる鋭い眼差しが押し戻した。

 瑛明は軽く咳払いをして、深呼吸。そうして、

「えーと、小妹」

「なあに大兄」

 そう言うと、王は軽やかな笑い声をあげ、「よし完璧だ。じゃあ行こう!」

 楽し気にそう言って、軽やかに身を返した。


 地上に出たとき、日は天上にあり非常に暖かだった。暦の上では冬とはいえ、南に位置するここは、日差しがある限りは暖かい。日中は、むしろ建物の中にいる方が寒いくらいだ。

 だけど分け入った竹林は、遥か頭上で生い茂る葉が日差しを遮り、少しばかり肌寒い。だがとても整然としていて、葉擦れの音は心を穏やかにしてくれる。

「綺麗な竹林ですね。よく手入れされてる」

 「ここの竹林は璃姉弟の祖父と長兄が管理している」歩を緩めた王が、隣に並んだ。


 自分の高革靴が底上げされているせいではあるが、見上げられるのは、やっぱり違和感ある。なんていうか――目をどこに向けたらいいか分からない。


「二人の祖父は長らく国師をしていて、父も私も、志按しあんも彼の教え子だ。先王がお隠れになったときに身を引き、国師の座を璃姉弟の父である長子に譲ってからは、ここの管理を受け持ってくれている――ああ、あそこにいる」


 王の視線を追い、瑛明は前方に目を投げた。


 目の先遥か向こうには、人丈の倍ほどの竹垣が設けられていた。よくよく見ると、この竹林はあの垣で囲われているようだ。

 正面には門があり、傍らに小屋がある。その前に、高低二人の人物が立っている。王は歩を早めて彼らに近づいていく。瑛明はその後に従った。


「国師、ご無沙汰しておりました。お元気そうで何よりです」

 胸前で両手を束ねた王が、そう言って頭を下げる。女装には似つかわしくない振る舞いのはずなのだが、堂に入っているからか、見惚れてしまう凛々しさだ。

「おかげさまで。あなたさまは、少しお痩せになられた。ご多忙とは思いますが、御身どうぞ大切に」

 礼を受けた老師は非常に小柄で、長い白髪を後ろで無造作に結び、着古した麻の長衣と褲子に下駄という質素な姿は、竹取の翁という風情だ。


 国学の長で歴代の王が教え子ともなれば、三相とも並び立つほどの高位と言っても過言ではないはずなのだが、厳格なところはまるでなく、柔和な笑みをたたえたさまは、好々爺というのがふさわしいように思えた。


 王は、老人の隣に立つ若者に目を向ける。

 こちらも竹取人の風情だが、小柄な老人の隣に立っているからか、衣の上からでも分かる立派な体躯は、威厳すら感じさせた。鍛えられていることがよく分かる。


「久しいな、璃宇りう。変わらず元気そうだ」

「お久しゅうございます。お気遣い、感謝申し上げます。また愚弟と愚妹とがいつもお世話になり、重ねて感謝申しあげます」

 はきはきと言い、礼をとる。鋭い眦に引き締まった口元、そこに「緩み」は感じられない。立場的には次期国師なのだろうが、武人の方がふさわしいのではと思ってしまう。


「こちらが、お噂の方かな?」

 にこにことした眼差しが、こちらを向いた。「ああ」隣の王がちらりとこちらに目を投げ、

「ああそうだ。よろしく頼む」

 瑛明は両手を束ねようとして――いや、男装でもそれはダメか。

 瑛明は右手を左手で握ったまま深く一礼し、

「お会いできて光栄です。未熟者ゆえ、色々ご教授いただけましたら幸いです。どうぞよろしくお願いいたします」

「大層なご挨拶いたみいる。いやあ噂に違わず美麗でいらっしゃる。やはり血は争えぬ、まさに眼福。長生きはするものですな」

 そう言うと、老人は呵々と笑った。随分と気さくな人だなあ――大層な誉め言葉に困惑しながらも、瑛明の口元が、思わず綻んだ。


「こちらは素晴らしい竹林ですね。心が洗われます。さぞ丹念に手を入れられて――」


「分かりますか!?」

 そう、咳き込む勢いで言い、だけでなく瑛明の両手をガッチリ握ってきたのは、誰あろう璃宇だった。

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