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きみは最果ての光  作者: 天水しあ
第六章『逢瀬』
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第三十八集「母の姿」

 王は階段途中で立ち止まったまま、長櫃の底から顔だけを出した格好で、手を伸ばしてきた。


「やはり凛々しいな。さあ行こう」


 そう言葉を紡ぐ綺麗に上がる両の口角は艶やかな紅色で、同じ色が美しい額に四点、花びらをかたどって置かれている。肌はいつも以上に白い。

「どうした? 似合わないか?」


「――いえ、余りにお美しくて……」茫然と、瑛明は呟いていた。そんなことを口走った自分に驚いてしまい、「いえ、あの」などと意味のない声を上げてしまう。


 王は驚いたように目を見開いたが、すぐさま顔を逸らし、

「馬鹿なことを。まさかとは思うが、男装のときはそうやって女を口説いていたのか?」

「まさか!」

「そうか? 大層な台詞をさらりと言うものだから、慣れているのかと。――まあいい」


 そう言うと、さっと身を翻し、王は再び地下に下りていく。数歩下がったところで、


 「瑛明、何をしている」僅かに苛立った声。


 「すぐに」言いながら瑛明は、長櫃の縁に両手をかけ、中に入った。

 地下に続く階段の先、ぼんやり浮かぶ光がある。頭上、室内からの光が数段先の足元を朧に照らしていた。その光を頼りに、後ろ手で段に触れながら、一人がやっと通れるだけの木の階段を、瑛明は滑るようにそろそろと下りた。


 数段下ったところで、「お気をつけて」璃音の声とともに、頭上からの光は途絶える。

 入れ替わるように、目指していた光がすいっと下がって、足元を照らしてくれた。階段の終わりは、踏み固められた土の地面だった。


「じゃあ行こう、足元に気をつけて」

「どちらへ?」

 身を翻し、前へと足を踏み出しかけた王が、瑛明の言葉でその歩を止め、振り返った。


「そういえば言ってなかったな。城市まちに出る。いちに行こう」


 絶句した。


 王が、市に行く!? しかもこのご様子からして――きっと初めてじゃない。


「嫌か?」

「嫌ではないです。ですが供の者も連れずに人混みに入るなど――御身に何かあっては」

「だからこうやって変装しているんだろう? 下手に供の者をぞろぞろ連れている方が、正体を触れ回って歩くようで却って危ない」

 一理あるけれど、でも……。


 「それに……」そう言って、王は背後に足を向け、燈籠を掲げる。

 目を凝らすと、蝋燭の灯が揺れて強くなった光が一瞬、岩とは違う影を一つ映し出した。


 あいつ――そうか。いつも王に付き従うんだよな。でも……。


「安心しろ。体調不良で『王』が休んでいる今、太史はお役御免中だ。この格好の私はただの庶民であって、その言動を記録されることもない」

 そう言うと王は正面に向き直り、歩き始める。後を追った瑛明が横に並んだところで小さく息を吐き、

「本来の役務どおり、ずっと『王』に従っていればいいものを、どうしても納得しないものだから――であれば、役務中でないのだから、私の会話を聞く必要はない。姿が見えない距離を保てとは言ってある。だからまあ、気にするな」


 彼にしてみたら、「まさに役務中」といったところだろう。不穏分子から大切な主を守らなければ、といったところか。さっきの聞かれてないよな? あの距離なら大丈夫なはずだけど……。見えないのに、鋭い眼光が背中にあてられているのをひしひしと感じ、ぞわっとする。


 瑛明は一つ息を吐いて気を取り直し、

「どうやって地上へ? 出入りする姿を見咎められては大事になります」

「ああ、それなら大丈夫。ここの出口は王宮外には三つしかない。そのどれにも一般の者はまず近づけない。一つは王宮の北門外、一つは城市の中央、市の近くにある王宮管轄の竹林内、そしてもう一つは――南の城外だ」


 ――嗚呼。そういうことだったのか……。


 瑛明は、闇に沈む路の先に目を投げた。

 どうやって、誰にも見咎められず桃源郷を出たのか、ずっと疑問に思っていた。


 母さんは、産まれたばかりの俺を抱いて、この路を通ったのか。

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