第三十六集「贈物」
「じゃあ、今日はこれで」
対面の王は、そう言うと立ち上がった。
早朝、瑛明の部屋。
瑛明が王の後に続くと、隣の前室に繋がる扉の脇に控えていた璃音が足早に近づいてきて、卓上の茶器一式を片付け始める。
「お気をつけて」
長櫃の底板を外すと、地下に下りる階段が続いている。
王が長櫃に足を踏み入れる傍らで、瑛明は王が持参し、鏡台に置いた燈籠を灯し直す。燈籠は竹の骨格に紙を貼ったもので、中には蝋燭が入っていた。
初めてこれを見たとき、「蝋燭があるんだ」ということに瑛明は驚いた。外界でも非常に希少で高価な品が、外界より随分のんびりと時が流れている桃源郷にもあるなんて。でも、部屋にあるのは油燈だし、蝋燭が希少で高価なのは変わりないのか。
瑛明が火を灯した燈籠を手渡すと、「ではまた」と微笑を残し、王は地下へと消える。いつもならば。
しかし今日、燈籠を差し出したとき、王からかけられた言葉はいつもとは違っていた。
「今度、一緒に出掛けようか」
「え!?」
まったく想像さえしたこともない一言に最初は理解できず、理解して大いに驚いた。
「嫌か?」
「違います! むしろ――嬉しい……です」
大慌てで首を振る瑛明に、「そうか」王はにっこりと笑いかけてきて、いつものように左手で蝋燭を受け取った。「詳細は後日。ではまた」
「――!?」息を呑んだ。
いつもように軽く上げられた右手が――すっと流れてきて、燈籠を渡したまま宙に浮いていた瑛明の指先を軽く握ったのだ。
体温は一瞬。
驚きのあまり硬直する瑛明に、「ははは」軽やかな笑い声を残し、その姿は闇に消えた。
数日後。
本日の習い事を終えて部屋に戻ると、ほどなく璃音が大きな包みを持って現れた。
「こちら王上からです」
今朝はそんなこと何も言っていなかったのに――立ち尽くす瑛明の背後で、「まあ、何かしら」と華やいだ声を上げたのは、依軒だ。
あまつさえ瑛明の脇を抜け、両手を差し出してそれを受け取ろうとする。
その手を避けるように璃音はすいっと包みを斜め上にあげると、そのまま瑛明に歩み寄った。
「王上が、瑛明さまのためにと自ら御手配されたものです。どうぞ一番にご覧ください」
そう言うと、深々と頭を下げ、恭しく包みを差し出す。今まで直接物を渡されたことはない。戸惑いながら瑛明はそれを受け取ったのだが。
――重っ!
てっきり衣装かと――いや感触は布だが、中に何か硬いものが包み込まれている。
「あら。そうはおっしゃいますけれど、璃音さまは中をご存知のようですね」
あからさまに尖った声に対し、璃音は相変わらずの無表情で、
「王上からの御指示で、私がご用意させていただきましたゆえ――さあ瑛明さま、どうぞお隣の寝室で中をご覧になってみてください。依軒殿、私たちは茶の支度を。まもなくお客さまがいらっしゃるでしょうから」
「お客人が?」
「芳倫さまにも同様のお支度がされております。きっとご披露にいらっしゃいますよ」
「あらそれは大変。粗相のないようにご用意しなければ」
依軒がどたどたと身を返したとき、璃音がチラッとこちらに目を投げてきて、目配せをする。瑛明は無言で頷いて、足早に寝室に入り、しっかりと扉を閉じた。
羅の帳をくぐり、牀台に包みを置く。念のためもう一度背後を振り返り、扉が閉まっていることを再確認して、やっと包みを開けた。
中から出てきたのは艶やかな青の披風だ。
「うわ……」思わず声が出た。
コレかなり、いや凄くカッコよくないか?
知らず口角があがってしまったところで、その下に何かがあることに気づく。瑛明は慎重に披風を広げ、包み込んでいる「何か」を取り出した。
長衣。褲子。高革靴。
「これ……」思わず声が出てしまい、瑛明は慌てて口元を覆った。
これ、男物じゃないか!




