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きみは最果ての光  作者: 天水しあ
第五章『宮中』
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第三十三集「訪問」

 部屋に戻って早々、「中相が持ってきた本を読みたいから」と、依軒を下がらせた。 


 「はあ……」一人になった瑛明は、そこで大きく息を吐く。そうして帯に手を差し入れ、小さく折りたたんだ紙片を取り出した。


『のちほど部屋に行く。一人で待て』


 もちろん瑛明には書を読む気などサラサラなく、だけど他に何をしていいのかも分からなくて、気づいたら立ち上がっていた。


 そうして室内をぐるぐる巡っては、花瓶の位置や花の挿し方を何度も変えてみたり、書架の片隅の僅かな埃を拭ってみたり、本を背の高さ順に並べ替えてみたりした。


 本当に王上はここに来るのか? 


 部屋で待てというからには、お忍びでここいらっしゃる、ということなんだろうけれど。


 「やっぱりこっちか」呟いて、瑛明は花瓶を最初の位置に戻した。そうして、ゆっくりと室内を見渡す。


 左手に寝室、右手に前室に繋がる扉があるが、今はどちらも閉まっている。正面の壁には紫檀の違い棚が置かれ、曇りない白の花瓶に、やはり紫檀の台座にとろりとした深緑の玉、朱い漆塗りに宝相華の浮彫が見事な六花合子(六花形の蓋付容器)、多彩に色付けされた舞女の陶俑、そして鮮やかな紅牡丹の目を引く円形の刺繍衝立が随所に配されていた。


 崔家の洗練された目新しさはないが、歴史を感じる高貴な重厚を感じさせる品ばかりである。円卓も瑛明が座る椅子も背後にある書架もとう(長椅子)も、全て紫檀である。この控えめなつややかさ、地味でも野暮ったくても、やはりここは王宮なんだとしみじみ思う。


「花瓶は、やっぱりこっちでいいし、埃も溜まってないし、掛軸も――曲がってない!」

 そこでふと思い出し、瑛明は部屋の隅へと足を早めた。


 やはり紫檀の小卓に、銅製の八花鏡がある。丸椅子に座って覗き込むと、髪が少し乱れている。瑛明は抽斗から櫛を取り出して、念入りに髪を梳いた。梳くほどに、つややかさが増していく髪に、顔も塗り直した方がいいんだろうか……そう思った時だった。


 足元がガタガタっと揺れた。

 慌てて立ち上がり、もしかしてこれ地震ってヤツ?――思いながら辺りを見回す。

 だけど壁にかけられた掛軸も吊るされた紅い提灯とその房も、微動だにしていない。


 気のせい? 思った直後、今度はカタっとひそやかな音がした。


 音は、鏡台の傍らに置かれた竹製の長櫃ながひつからだった。備え付けの家具は使っていいとのことだったが、これだけは鍵が見当たらないということで使用することなく置きっぱなしになっていたものだ。


 何だか違和感を感じて目を凝らして見たら、鍵がないはずなのに錠前が外れている!


 瑛明は長櫃に目を据えたまま大股で後ずさり、本棚の隣の榻に立てかけられていたさしは(柄の長い団扇)を取った。

 視線は外さず、じりじりと横に移動して前室に続く扉を背にしたとき、長櫃の蓋がぱっと開いた。


 瑛明は身を引いて柄を握り直したが、驚愕の余り息をのんだ。


「これは瑛明、勇ましいことだ」


 

 長櫃から現れた王は、目を細めて笑った。


 「勇ましい」の言葉にハッとし、瑛明はとっさに翳を背後に隠した。とはいえ背丈より長いので、全く隠し切れていないのだが。


 そんな瑛明に王もそれは面白そうに笑っているのだけれど――それどころではない。こめかみから冷たい汗が流れてきた。


 ここは王の居城であって我が家ではない。

 だから知らぬ間に出入りされる可能性もあると思い、ここには女物しか持ち込んでいなかった、はず。


 だけど、こんな出入口があったなんて考えもしなかった。


 もしかしたら何か――めまぐるしく動く頭に反し、身体は僅かだって動かない。眼前に立つ王に対して膝を折るどころか一声さえ上げることができず、瑛明は王を見つめたままただ立ち尽くしていた。


 すると王が背後を振り返った。「璃音」


 王は伴ってきた侍女に向き直ると、

「瑛明に何も言わなかったのか。危うく卒倒されるか、叩きのめされるところだったぞ」

「申し訳ございません。ずっと依軒殿がご一緒で、お伝えする暇がなく……」

 いつものように淡々とそう言うが、確かに申し訳ないと思っているのがその声に感じられた。確かに依軒がずっと張りついているからな……そう思っていると、脇から白い手が延びてきた。


「乱れている」


 王はそう言って、瑛明の頬や額に貼りついている髪の束を、白くて長い指が丁寧に剥がしていった。距離の近さに、どこを見ればよいか分からなくて、瑛明は視線を彷徨わせる。


 ほどなく王は手を下ろし、目線を侍女に流した。「璃音、あれを」

 主の言葉に璃音は頷き、懐に手を入れる。その手が差し出してきたのは、紺色の細い紐に繋がれた同色の小さな袋。述べられた王の手にそれを載せると、「それでは」璃音は膝を折ると、一人衝立の奥へと姿を消した。

 ほどなく陶器の触れ合うかすかな音。恐らく卓上に常に用意してある茶器一式で、茶の支度をしているようだ。裏付けるようにほのかに茶の香りが漂ってきている。


「さて」


 王は、軽く開いた左手を瑛明の目の前に挙げた。その中指には、たった今、璃音から渡された紺色の小袋がひっかけられている。


「ではどうやって私がこの部屋に入ったか、説明しようか」

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