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きみは最果ての光  作者: 天水しあ
第一章『外界』
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第三集「旧友」

 【武陵ぶりょう】の扁額が掲げられた城門前にたどり着いたとき、すでに結構な人が大小さまざまな荷物を抱え開門を待っていた。皆、県令の居所があるこの城市まちいちで、各々の品を売り捌くため、少しでもいい場所を確保しようと日の出前から集まっているのだ。


「瑛明!」


 声の先をたどれば、大きく手を振っている見慣れた顔がある。

 膝上の短い上衣に褲子(ズボン)に脛巾、周囲に群がる男衆と何ら変わらぬ姿だが、周囲よりは頭一つ――瑛明よりは頭二つ背の高い、人の好さそうな若者である。

 大股で近づいてくる、ふにゃっとした、いつもの笑顔にほっとして――だけど慌てて顔を引き締め、「ああ」と彼にだけ届く不愛想に声で、瑛明は応えた。 


「久しぶりだな、元気だったか? また母上の調子が悪かったのか? 心配だったんだけど、おまえの家はどうにも道が分からなくて。何回も言ってるだろ、目印つけてくれって」

 まるで犬のように瑛明の周りをくるくるする彼に、「まーた瑛明にちょっかいかけてるのか比呂(ひろ)」「瑛明もはっきり言っていいんだぞ、『あんたみたいな遊び人は好みじゃない』ってさ」次々と飛んでくる揶揄の声に、「だーかーらー、友達の妹だからって言ってるじゃん」「俺、遊び人じゃないから」といちいち律儀に答えながら、比呂はずんずんと前に出てくる。


 「ちょっと何」と非難の声を上げながら後ずさるしかない瑛明は、そのまま人混みの外に押しやられた。


「なんだよ。こんな端っこに来たら、いい場所取れないだろ」

「仲間に頼んできたし、荷物置いてあるから平気だって。それより」

 空を見上げているのかというくらいに首を上げ、睨みつける瑛明の視線をかわしながら、比呂はそっと身を寄せてきて、


「それ――盛り過ぎだろ」

流された彼の視線は、まっすぐ瑛明の胸元に下りてきていた。胸まで引き上げた裙子を結んだ帯にのっかる、二つの丸みに。


「どこ見てんだよ、この変態!」

「しょーがねーだろ! デカすぎるんだから」瑛明の抗議の声に、顔を逸らしながら反論する比呂の顔が赤い。


 周りが「比呂と瑛明の兄が学友同士で、比呂がこの地に引っ越すまで家族ぐるみの付き合いをしていた(ちなみに兄は遊学中)」という比呂の言葉をまったく疑ってはいないのは、二人のやりとりにまるで色気を感じないのがその最たる原因だろうが、それもそのはず、そもそも、この二人が学友なのだ。

 去年この地に流れ着き、偶然再会した。


 『ある事情で』瑛明が女装して暮らしていることがバレたあとも、彼はそれを黙ってくれているだけでなく、周りの男衆が瑛明にちょっかいをかけようとすると、慌てて駆け寄り、その前に立ちはだかるのだ。今みたいに。


 比呂が壁となって群衆の視線が届かないのをいいことに、瑛明は彼の目の前で堂々と胸元に手を入れ、胸の形を整える。偽物と知っているのに、眼前の比呂は「見ちゃいけない」とばかりに明後日の方向を向いている。

「久々に市に来たんだから、ちょっとくらい盛っといた方が、売上に繋がるだろ? 今日はこれ全部売って、薬買って帰りたいんだ」

 そうは言いながらも、比呂の言を容れ、少し小さめに胸の形を作り直す瑛明である。

「馬鹿、おまえが危ないって言ってんの!」

「大丈夫、俺の腕は知ってるだろ?」

 瑛明の言葉に、比呂は大きなため息をつき、

「まったく、ここでの騒ぎはやめてくれよ」

「そこまで馬鹿じゃねえよ。ここで商売できなくなったら母子で飢死するっての」

「そうだよな。おまえが母上養ってるんだもんな。売上のために女装までして……」

 女装は母推奨なんだが――内心思うが口にすることはない。この格好のおかげで売上がいいのは本当のことだし。


 『王家の血に恥じぬ行いを』とか言うくせに、塾以外では女装ってのがよく分からない。おかげで俺のこと女だと思ってるヤツは相当数いるはず――って、もう覚えてないか。



 やがて開門し、瑛明は比呂とその仲間に導かれ、人気の店が並ぶ、悪くない場所に売り場を確保した。

 「さてと」店を広げ終えた瑛明は、おもむろに手套を外した。こんなのを付けてると、商売上がったりだからな――思いながら、目を伏せた先で手を広げてみる。細くて長いと褒められる手だ。だけどやっぱり、少し焼けたかな……。でも、おかげで傷が目立たなくなっている――気がする。


 しげしげと左親指付け根の傷跡を眺めていたら、

「おっ、瑛明久しぶり」

「元気にしてたか?」

 あちこちから掛かる声。それに最上級の笑顔をくれてやりながら、まったく、どいつもこいつも鼻の下伸ばしやがって。いいかげん気づけ、俺が男だってことに! と内心密かに毒づいている瑛明である。 


「お姉ちゃん綺麗だねえ。ちょっと品を見せておくれよ」

 掌に載るくらいの小さな竹かごを手渡したら、目の前に立つ初老の男が、不自然に手を握ってきた。慌てて手を引き抜こうとしたが、耐える。少しでも多く稼ぐのに、多少の我慢は必要だ。この程度で動揺してどうする。自らに言い聞かせ、引きつる笑顔を修正した。


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