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きみは最果ての光  作者: 天水しあ
第四章『失くした時』
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第二十三集「平穏」

 午前の女性としての学びから解放されると、昼餐を急いで済ませ、瑛明はすぐさま竹庵に向かう。

 鍵をかけたあとは男の衣装に着替えて、中相が現れるまで予復習をしたり、書棚から本を抜いて読んだりする。それと、王への返書をしたためるのもこの場所だった。


 それは、謁見翌日のことだった。

 王宮から戻った中相から、細長い藍色の包みを渡された。目で開封を促され、戸惑いながら中を開くと、現れたのは一通の書。

 滑らかな紙面に細く流れるような手蹟で「瑛明殿」と記されていた。裏返すと開封口には赤い封蝋、下の方に「翠珂すいか」と控えめに署名されている。


 「これって」瑛明が驚いて顔を上げると、「王上から言付かってきた」中相は薄く笑う。


 なんだか気恥ずかしくなり、「後で拝見します」と言うのが精一杯だった。

 以来、王との書のやり取りが続いている。仰々しさのない外観と同じく、中身も素朴なものだった。院子の美しい花だとか、読んで面白かった本だとか、肩肘張らない親しみやすい日常が淡々と綴られている。最後は必ず「瑛明が来る日が待ち遠しい」で締められる。


 瑛明をあくまで身内として扱う証として、后たちが住む梨花宮ではなく、王が住む桃花宮に居を用意すると書かれていた。かつて母が使っていた居室が使えるように改修していると。柔らかい文章と手蹟、何より随所に感じられる心遣いに胸が温かくなる。

 北を向いて、感謝の気持ちを念じてしまう。この温情に、どうお返しをしたらよいのかが分からない。それどころか、かくも優しい方を偽っているのかと思うと――胸が痛い。



 依軒さえ出入りしないこの竹庵は、瑛明が一番気楽に、好きにいられるところだった。

 その思いをくんでか、中相は「火が必要になる頃には戻るのだぞ」と言い置き、瑛明が授業後もここに居残ることを許した。時には日が落ちるまでたわいない時を共に過ごすこともあった。


 ある日のこと。

 それはやや強めの風に秋が滲む、涼やかな日だった。竹庵に現れた中相は上掛けを手にしてきた。紺地に黒の襟。幾分かくたびれてはいたが、襟と袖の刺繍は細やかだった。差し出されたそれを手に取り、瑛明はじっと凝視する。この文様、まさか……。

「これは玲華が作ったものだ」

 やっぱり。襟に刺されているこの蔓草模様、母さんが最も得意にしていたものだ。


 これを作った時には、贅を極めた部屋の中で、大勢にかしずかれ幸福に包まれていただろうに、瞼の裏に蘇るのは、外界の粗末な家で、一人黙々と針を動かす寂しげな姿。

「気に入ってずっと着ていたが、夫人が嫌な顔をするものだから、長いことしまっていたのだ。――あれは刺繍が不得手だからな。おまえに使ってもらえた方が、玲華も喜ぶ」

 そう言って渡された上掛けに、おずおずと、手を通してみる。


 真新しい衣にはない柔らかな肌触り。「気にいって着ていた」というのは嘘ではないようだ。袖口の刺繍はやはり細やかだったが、そこには見慣れた陰りのようなものはなく、華やかで明るい。一体どんな気持ちで、この衣に針を刺していたんだろう。母さん。

「玲華の刺繍上手は城内で知らぬものはいないほどだった。これだけのものが作れたのだから、外界でも生活が成り立ったんだろう。こちらがハラハラするほど世間知らずだったが、芸が身を助けたのだな」

 それだけじゃない――瑛明はひそかに唇を噛む。


 浮き足立った自分のこの毎日が、母の犠牲に成り立っていたことを忘れていた――いや、忘れたフリをしていた。いつの間にか、ここでの豊かな毎日を「当然」だと思い始めていた自分。外界のことを忘れ、母を苦しめ続けてきた事実を押し込め――なんて軽薄で、薄情で、自分勝手な――。


「おまえのせいじゃない」


 静かな声。瑛明は、いつしか自分が目を伏せていたことに気づいた。

 目を上げる。すると中相が、じっと自分を見ていた。

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