第二十一集「その後の桃源郷」
それから、にわかに崔家は騒がしくなった。
多くの人と物が出入りし、日の入りから落ちてまでも邸内は賑やかだった。全ては瑛明の王宮行きのためである。喪を過ごすための王宮入りだなんて、誰も思っていないようだ。
その瑛明、午前は離れで舞に楽器に歌、書に画に作詩、刺繍、宮中のしきたりなどを、入れ替わり立ち替わり現れる女たちに習う。
そして午後からは竹庵で、時に王宮から下がってきた中相から、時に自学で桃花源の歴史から現在の政について習った。
「おまえも知ってのとおり、この地は、秦の争乱を逃れた村人たちが拓いた地だ。以来、農村として、平穏な時が変わらず流れた。一人の異人が迷い込んでくるまでは」
『外人の為に言うにあらざるなり』
桃花源に迷い込んだ漁師は、村民の歓待を受けること数日、外界へ帰ることにした。
出立の日、外界に繋がる洞穴の前で、多くの村人が漁師を見送った。皆が口々に別れの言葉を告げる中、「ここでのことは、外界の人に言うほどのことではない」と声をかけたのは、ある初老の男。
漁師の姿が洞穴の闇に消えると、先ごろ成人したばかりの、その長子が言った。
「父さん、あの者をこのまま帰して大丈夫でしょうか? ここでのことを外で流布して、人々が大挙してやってきたら、また争いの世に我々は巻き込まれるのでは」
「兄さんの言う通りだ。俺が様子を見てくる」そう言ったのは、男の次男。病弱だが思慮深い兄と活発で行動力のある弟、性質は異なる二人だったが、仲は良かった。
次男は遊び仲間の二人を連れ、そっと漁師の後を追った。
洞窟を出て、外界に帰った漁師は、果たして川を下りながら木を刻み、石を置いてあちこちに目印をつけて行く。三人はその印をいちいち変えながら、川沿いから漁師を追い続けた。
やがて漁師は舟を下りた。
「これで安心だから、俺たちももう帰ろう」そう言ったのは、痩身少年。しかし次男は首を振り、「せっかくここまで来たんだ。外界の情報を持って帰ろう。兄さんはいつも『正しい判断には情報が必要だ』と言っている」
それには肥身友人が同調した。「どうせなら美味しいものを食っていこう」
三人は漁師の追いながら、道中でずっしりとした銭包を拾い、干されていた着物を失敬して、武陵の城市に入った。
見たこともない大きな建物や装束に驚き、圧倒されながらも、数日滞在して城内を歩き、観察した。三人は、めいめいに礼物と称して、大きな籠いっぱいに外界のものを集めた。
次男は「兄のために」と手当たり次第に本を買い、肥身友人はたらふくいろんなものを食べた後、珍しい食料や調味料、その種、目新しい農具や器を買った。痩身少年は大量の紙を買い込み、城内の様々な風景を描き、記し、二人の友人が持ちきれないものを持った。
三人は武陵を後にし、残った金を衣装代として置いた後、漁師の舟を使い、村に帰った。
村人に出来事を話すと、みな、当面の危機が去ったことに安堵しつつも、外界の脅威に備えようということで意見はまとまった。
まず、外界に繋がる洞窟は岩戸で塞がれた。それから村を壁で囲い、内部の整備を進めることになった。そのために組織作りが必要となり、長として兄弟の父が選ばれた。
男が亡くなると次男がその後を継いだ。ともに外界へと行った二人はその補佐役となった。長子は父より先に亡くなったが、次男はその子を大切に養育した。
時が経ち、次男の末裔が王となった。
肥身友人の末裔が左相、痩身友人の末裔が右相として、それぞれが宮中、宮外の諸々を取り仕切るようになった。両家に縁付いた者はやがて「貴族」と呼ばれ、関係性により位が決められ、見合った特権が与えられ、国事にあたった。両家は時に協力し、時に競うことで、品位と良識を保った。王后は原則、両家から選ばれるのだという。
長子の末裔は、法を司るものとして左・右相を牽制する位置にいる。娘は王とその兄弟の乳母となり、男は国の最高学府である国学の長に、別の子は太史として常に王の傍に侍ってその言動をつぶさに観察し、時に求められて意見をし、たしなめる存在だった。
王との対面の日、眼光鋭く自分を睨みつけていた璃律が今の太史なのだという。王より一つ下、つまり自分と同い年ということだ。
『史記』では「君を弑す」と記録し、削除を求めた簒奪者に殺された太史の兄弟があったと書かれていたから(結局二人目の弟も同じことを記録し、簒奪者が根負けした)、生半可な覚悟ではあの場に立ってはいないんだろう。とはいえ。
話を聞くと代々国学の長を務める家柄だから、もうちょっと公平性があってもよくないか? 国学家であっても、中相家の成り上がりぶりはお気に召さないのか?
いやでもあれは、中相家というより、俺個人に対してのような気も……。
王政が始まってすでに十代。平穏な農村ではなくなったが、外界からの脅威がないからか血で血を洗う権力闘争などもなく、またしても太平の世が変わらず続くかと思われた。
「変わったのは、十数年前。おまえたちが『消えた』少し後のことだ」
国の成立という遠大な歴史の講義に突如自分が登場して、瑛明が思わず背筋を正すと、対面に座す中相が少し笑ったように見えた。
「おまえたちが居なくなってほどなく、城内の若者たちが失踪する事件が相次いだ。みな失踪するような理由もなく、城外をうろつく野犬に食われた形跡もない。怪異ではと噂が立つようになったある日、洞窟の外から異臭が流れ込んできたために、開かずの岩戸が開けられ、洞内で失踪した若者一人の遺体が発見された。傍らには装束の全く違う、外界の人間も死んでいた」
恐らく相打ちになったんだろう――中相はそう続けたが、桃花源に似つかわしくない不穏な言葉の羅列に、瑛明が少しばかりぞっとしていると、「おまえは忙しいな」今度ははっきりと中相が笑った。
若者たちが農具あがりの武器を手に洞窟を抜けて調べたところ、漁師が辿ってきた川の周辺で若者の死体が次々と発見され、近くには洞窟に繋がる印が多数残されていた。
彼らは仲間の遺体を回収し、印を丹念に変え、消した。
遺体には、桃花源にはない鋭利な凶器でつけられた傷が多数あった。その形相は、死に際の苦痛と無念をありありと表しており、また外界の者がいまだにこの地を探している事実に、誰もが戦慄した。
そのため、平穏な日々の中で遅々として進まなかった城市作りが、喫緊の課題となった。
「そのときに、急病の右相に代わり城市整備を仕切ることになった私の評価は大いに上がり、臨時職とはいえ中相の地位を手に入れることになったわけだ」
中相が言うには、国学で同学だった右相が病になり、業務に支障が出るようになった。その補佐として設けられたのが「中相」位。右相が復するまでの臨時職であり、左・右よりは下位とされたが、同じ宰相位とされた。
その地位に抜擢されたのが、城市作りを実際に取り仕切り、功績を上げた崔志按。
官僚たちは左か右相派のどちらかに属しており、かくいう志按も右相派官吏だった。とはいえ、右相家とはきわめて薄い血縁関係であり、本来であればあり得ない人事だった。
先王・陶翠波の双子の妹である母さんと、現王・陶翠珂の母である元許嫁と、あるいは、有能な駒に地位を与えて手懐けておくことで、より自分の力を大きくしようと思った右相の計らいがあったのだろう。でもその駒は、主では御しきれない力を手にしてしまった、といったところか。




