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きみは最果ての光  作者: 天水しあ
第四章『失くした時』
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第十八集「一大決心」

 翌日。

 たわいない会話をしながら、昼餐は終わった。食事の最中、中相は昨日のことについて一言も触れなかった。だから瑛明も何も言わなかった。だがそれが『食後にしっかり話をつける』つもりだということは、ひしひしと感じられた。おかげで、明らかに上機嫌な中相を前に、ただでさえ味のない雑穀粥を、熱ささえ感じないまま食し終えた。


「では依軒いけん、ここを片付けてもらおうか」

 中相は何やら楽しげだ。


 ほどなく卓上が片付き、さあいよいよ、となったところで、中相は依軒を下がらせる。先手必勝とばかりに瑛明が口火を切った。

 帯刀は、していないな。いきなり斬りつけられるは――ないと思いたい。


「父上は、私を王宮に上げるおつもりで?」

「ああ、そのつもりだ」

「私が『嫌です』と申し上げたら?」

「王意と我が一族の益に背くことを、私が許すとでも?」


 この人、嫌がる俺を縛り上げて箱に詰めて、王宮に運び込むとか本気でやりそう。これはやはりごまかせない――瑛明は心を決めた。決然と顔を上げ、中相の目を捉えると、「私は、王宮に上がることは、できません」

 一言一句はっきりと、そう告げた。 

「まさか今さら外界に戻るなどとは言わないだろう?」

 相変わらずどこか楽し気な中相の目の前で、瑛明は大きく息を吸ってみせた。そして、一息に言い切る。


「私が男だからです!」


 中相は瑛明を見据えながら、胸前で両手を組み、左手で自身の顎を軽く掴んだ。それが中相が思案するときの癖なのは、瑛明にも何となく分かってきた。瑛明は固唾をのんで、対面の父親を見据える。

 重い沈黙――だがそれは、僅かだった。 


「やはりそうか」

 「は?」間抜けな声が口を突いて出た。


 思わず立ち上がっていて、「な、何で? どこで? いつから?」

 「うーん」中相は顎に手を当てたまま、しばし左上を仰いでいたが、

「そうだな……最初におまえの肩を抱いた時、女の骨格ではないと思った」

 俺が本宅に駆け込んだ時か!


「おまえは時折、女性らしからぬ振る舞いをしていた。外界では上品ではいられぬこともあったのだろうと思っていたのだが、『そういう』目で見ると妙に納得することができた。細身だから気付かなかったが、触ってみると意外と筋肉質だしな。だが確信したのは――今、おまえの口から真実を聞いたからだ」


 無駄な汗が全身をダラダラ流れていく。

 最悪の事態を免れたことに安堵したのも束の間、別の感情が瑛明の心を埋めていく。中相が薄笑いを浮かべているから、尚更だ。


 この人は一体何なんだ。何でもお見通しじゃないか! いや今はそれどころじゃ……瑛明は自分にそう言い聞かせ、一つ息をついて、裾をさばいて腰を下ろした。もう一度息をつくと、中相にまっすぐに目を向け、


「ですから私は王宮に上がることはできません。このまま外界に戻ることをお許し下さい。王には私は勝手に帰ってしまったとでも死んだでも、何とでも申し上げて下されば」

「そうはいかない。おまえは王宮に上がってもらわなければ」

「后になれぬ者を宮中に上げる方が、よほどこの家の不利益になるかと存じますが」

 瑛明はめいっぱい冷やかに言い放ってやったが、中相の笑みが消えることはない。

「世間では王がおまえを宮中に呼んだと、まことしやかに語られている。おまえを王宮に入れなければ、我が家が王を軽んじでいると思われても仕方ない。それでなくても、すでにそう思う輩は大勢いるというのに」


 誰だよ、そんな宮中奥深くの話をたった一日で城市に流布する馬鹿野郎は!

 門番か? まさか衛兵? 王上付きのあいつ、璃律だったか? いや、あいつは絶対にない。むしろ参内して欲しくないと思っているはず。となると。


 まさか――瑛明が向けた眼差しを受けた中相は、ふっと鼻で笑ってきた。


 ――こいつ……!


「何より、王がおまえを是非にと望んでいる。すでに親兄弟もなく、お一人の身。最も近い血である、同年代のおまえを傍に置きたいと思うのも無理からぬ話。そもそも、おまえが王に誤解を与えるような行動を取ったのだぞ。今さら知らぬではすまされない」


 そこは――突かれると痛い。


 瑛明は思わず目を伏せ、膝の裙子を硬く握り締める。くそっ、完全に面白がってるな。

 俯いて唇を嚙むことしばし、瑛明はゆっくり、大きく息をついた。

 にわかに顔をあげ、「――そんな立場でないことは十分存じております、が!」 


 ダンッ! 瑛明は両の拳を机に思いっきり叩きつけると、「すっげえ腹立つ!」


「はは。なかなか面白いことを言う」

 対する中相は目尻に深い皺を刻み、朗らかに笑った。笑いながら言うには、

「だが私の心中も察して欲しいね。『おまえが男かもしれない』と思ったものの、今更『男でした』ではすまされない。おまえには、ここでひっそりと暮らしてもらうのがいいのか、気づかぬ振りをして望むまま外界に帰せばいいのか――だが健康な若者を閉じ込めるのは気の毒だし、みすみす苦労すると分かっている外界へ一人行かせるのは、親として忍びない。私も悩んだ。だから、おあいこだ」

「それはまた、勝手な理屈で」

 「かもしれんな」中相は僅かに目を伏せた。しかしそれもほんのわずかのこと。


「だいたい、どうして女の格好で帰ってきたんだ。男のなりで帰って来てくれれば、まだどうとでも取り繕えたかもしれないのに」

「母の意向です。あちらでも塾に行く以外は女性として居るように言われていました」

「それはまたどうして」

「塾に通う以外は女性でいた方が何かと便利だから、と母は申しておりました」

 引っ越し先に高名な学者や手馴の武人がいると聞くと、すぐさま俺の手を引いてその門を叩いた母さん。連中と入門の話をまとめると、『瑛明、母は先生とお話がありますから先に帰っていなさい』って――。 


 何かの間違いで戸籍が手に入ったからって俺の頭じゃ科挙になんか絶対受からないってのに。それでも母さんが身を削ってまで俺に色々仕込んでいたのは、

 つまり――。


 こういう事態を予測していたから?

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