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きみは最果ての光  作者: 天水しあ
第三章『出会い』
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第十五集「城内」

 翌日。


 瑛明は依軒とともに車に乗り、馬に乗る中相に先導され家を出た。

 実母を亡くした瑛明はいまだ喪中の身ではあるが、失礼がないようにとそれなりの支度をされた。


 薄い青の上衣に、同色の裙子スカート。胸のなさをごまかすため帯は高腰ハイウエストに巻かれ、胸元できつめに結び上げられたため、少々息苦しい。知らず緩めたくなって手が伸びるのを、何度も依軒にたしなめられた。

 馬車も板と簾で四面を囲まれただけの質素なもので、少し先を中相の馬が先導し、車には崔家の家人数人が遠巻きに取り囲む形をで王宮に向かうと聞かされた。


 見た目は質素だったが、乗り込んでみると車内は意外と快適だった。向かい合わせになった二人掛けの椅子に柔らかい敷物が幾重にも重ねられて、座り心地は悪くない。動き出してからも意外と車内は揺れなかった。


「あれ?」


 一体あとどれくらいで敷地から出られるんだ――と思っていたが、いざ中相邸の門を出たところで、車は右へ曲がった。王宮へは北上、つまり左折するはずなのに……思っていたら、対角に座った依軒が身を寄せてきて、「瑛明さまがご覧になりたいだろうから、少し遠回りするようにと大爺が」


 どういうつもりなんだろう。


 桃花源のいいところを見せて俺の気を変えさせようとでも? 

 いやでも、本当に必要なら俺の気持ちなんか関係なく監禁するだろう、あの人は。なのに、なんだってそんな面倒なこと……。

 勝手に込み上げてくる感情を鎮めるように、手にした扇子をざっと広げた。目元まで隠しながら、「じゃあ、せっかくだから」とってつけたように呟いて、窓に掛けられた布をそっと捲り、瑛明は外に目をやった。


 ここに来て暇つぶしに読んだ書の中にあった、この城市の地図を思い描いてみる。

 外界と繋がる洞穴を抜けて目に入ったのは、視界一杯にそびえ立つ高い高い城壁だった。岩山と城壁で囲われた空間は桃林となっており、岩山の穴と城壁に一つ空けられた門に通じる道がまっすぐ続く。働きが怪しい見張りが立っている門をくぐり、城内に入ると途端に開けた空間になった。


 内部は東西南北に走る道によって碁盤上に区画され、四面を壁で囲まれた区画内には、やはり道が東西南北に走り、居宅が整然と並んでいる――と書いてあった。

 瑛明たちは先ほど、とある区画の壁に開けられた門から中に入った。今、通っているのは売店や飲食店が立ち並び、出店も数多く出る城内最大の商業区域である「いち」である。ここは、中相家の真南にあったはず。


 昼過ぎ、車外では大勢が行き交っていた。

 道の両端には様々な出店が並び、呼び込みや笑い声やら喧嘩やらに、鉄を叩く音や陶器の割れる音が響く。あちこちで音楽が流れ、歌声がこだましあっている。こういう賑わいはどこも一緒なんだな。だけど。


 えらく、鄙びた城市まちだな。


 道行く男子は丈の短い上着と膝下の褲子ズボンに布鞋、女子は同じく短い上着に踝丈の裙子。生地は全て麻のようで、帯や襟に多少色の入った者がいるものの、ほとんどが麻そのものの素材を着ている。


 髪は男女ともに結い上げている。時々、恐らく官吏なんだろう、道行く大勢と違う鮮やかな衣を着る者も見かけたが、作りとしては大勢とそんなに変わらない。

 城市の最先端が集まるはずの「市」であるが、どの建物も簡素なもので、何というか、古き良き時代の風景を見ている気がする。

 昔とは違うと中相は言ってたけれど、争いがないと、こうも緩やかに時が流れるのか。


 ふわっと米の蒸しあがった匂いが流れ込んでくる。目を向けた先では開けられた蒸器から、大量の湯気の中から三角のが姿を現した。たちまち数人が店先に集まる。

「うわ、うまそっ」

「瑛明さま、何ですそのハシタナイ言葉は」

 お小言に眉をしかめつつ、外を見ていた瑛明の目が、一点に釘付けになる。粽を受け取った男が店主に差し出したもの、あれは……。


「あれって、銅銭じゃん」


 確かここは秦の戦乱を免れた農村の人々が集ったはず。

 その時代の銭は蟻鼻銭とか刀貨なんかで、持ち運びも不便だったから余り流布しなかったって聞いたけど。外界だって農村では今でも物々交換が主流だ。なのに時が戻ったかのような古風で素朴な風景に、銅銭?


「以前は物々交換が主流でしたが、北に銅脈が発見されたのを機に銅銭が作られ始めました。あの銅銭は小さく、中央に開けた穴に糸を通して持ち運びが簡単にできるように工夫されております。ちなみに銅銭の形状を考えられたのも、それを見事に制度化して瞬く間に広めたのも大爺です。凡人には、到底思いつかない発想力と行動力でございますわ。太太と瑛明さまが突如居なくなった悲しみを打ち消すように、お仕事に邁進されてこられた成果でございます」

 依軒はいささか胸を張り、我が事のように自慢げである。


「またこの城内を碁盤のように整然と区画されたのは中相さまです。それまでは田畑の中に居住区が点々と無節操に立てられておりましたが、それでは危急の折の防御にならないと。かつて猟師が侵入した折に作られ始めたものの、再び訪れた平穏な日々の中で放置されていた城壁作りを再開させ、その中を整備されました。ほら、よく耳をお澄まし下さい。槌音が聞こえますでしょう? 今も城内の整備は続いているのですよ。おかげでこの地は美しくなり、交通も便利になりました。生活も向上し、次第に新しいものも生まれ始めています。ですから日々の退屈もうんと減り、皆生き生きと生活しています。誰もが中相さまに感謝されています」


 「退屈ね」苦い笑みが口元に上がった。


 隠すように扇を目元まで上げ直して外に目を投げると、依軒の言う通り道行く者は老若男女問わず皆楽しげである。

 確かに整然と並ぶ建物はみな新しい。まるで武陵の城内、いや、かつて書籍で読んだ、唐都・長安のようだ。南には作りかけていた城壁があり、東西は切り立った山を城壁としているとはいえ、簡素な建物が多いとはいえ、これだけの短時間で、よくもここまで。


 一昔前の風景――だけどよく整備されていて、銅銭が行き交っている――今と昔が混然としてる感じが、不思議でたまらない。

 そして改めて思い知る。中相の邸宅がいかに洗練されていたのかということを。建物はもちろん、衣装も日用品さえお洒落だし、まるで別世界だった。

 市の南北を走る大通りに繋がる門を出て、すぐに右折。しばらくして左折し、城内を南北に二分する大通りに出た。今度こそ、北上している。ほどなく中相家を通り過ぎた。


 さあ、いよいよ王宮だ――扇の下で、瑛明は口元を引き締めた。

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