第一集「雨中」
「王上駕到」
朗々とした声が室内に響き、瑛明は慌てて跪く。玉座まで続く紅い毛氈に目を落とすと、薄青色の、裙子の裾が見えた。
掌にじんわりと汗が滲む。これまで生きてきた十六年で初めての、それどころか想像すらしたことのない状況に、彼は大いに混乱していた。
俺、一体何でこんなことになってるんだ?
なんだって女物の衣装を着て、一国の王に対面することになってるんだ?
『外界』の山中で飢えて死にかけたのは、ほんの一年前のことだったはずなのに……。
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今度こそ、終わりな気がする。
止むことのないこの大雨の中、死体はあっという間にぐちゃぐちゃになるんだろうか。あ、その前に野獣に食い散らかされるか。
待て、その場合、死んだ後とは限らない。ただでさえ飢死寸前だっていうのに、生きながらに喰われるだなんて、最後の最後まで苦しみがつきまとうだなんて、俺の人生って一体――。
思いを声にしたわけではない。なのに。
「瑛明」
背後からの声にぎこちなく振り返ると、岩に頭を預け、こちらを見上げる姿があった。
「おまえは王家の血筋を引くものなのです。ですからその血に恥じることがないよう、些末なことに動じてはなりません」
薄闇、足元で蟠っている裙子に力なく投げ出されている腕が、やけに白々と浮かび上がっている。向けられる視線ははっきりとは見えない。だが声と同様、弱弱しさの中に、明らかな非難の光があるに違いなかった。
些末って――飢えて死ぬか喰われて死ぬかのこの状況を些末って――思わず声を上げそうになって、瑛明は慌てて目を外へと向ける。ぐっと奥歯を噛み締め、天を仰いだ。
外は大雨。というか滝。
雨避けに入った洞窟に閉じ込められて二日。僅かばかりの食糧は昨日尽き、丸一日何も口にしていない。そもそもその前から、碌な固形物を口にしていない。
母さんはもう立ち上がる気力もなさそうだ。かく言う俺も、立っているのがしんどくなってきた。食糧を探しに俺だけ出ていこうとしたけれど、母さんに止められた。危ないからと。母さんにそう言われたらもう、動けない。
これだけの雨じゃ、この洞窟自体危ない気がする。そう考えたら、一緒にいた方がいいのかもしれない。一人で逝かせるより、俺が傍にいるだけでも。
そもそも雨が止んだところで、行くべきところなんて、どこにもないのだ。
何か冷たい――足元を見たら、裙子の裾が、いつのまにかできた水たまりに浸かっている。こんな内側にまで水が入り込んできたか。雨音も、なんだか強さが増している。
ここまでどうにか生きてきたけど、いよいよか。
そう思ったら何故か笑えてきた。