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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

Blood Pain

作者: 龍牙 襄
掲載日:2023/02/14

 昏い夜。

 月も見えず、星明かりもまばらな真っ暗な夜道を、三人の男たちが肩を寄せ合って歩いていた。それぞれ手に物騒なものを持っている。やや小柄な男は両手で猟銃の長い銃身を抱えて、痩せてひょろりとした男は抜き身の長剣だ。最後の男は拳銃を持っている。

 夜盗、というわけではなさそうだ。それにしてはおどおどしすぎている。どうやら三人は自警団か何かのようだが、それにしては様子がおかしい。怯えようが尋常ではない。

 すると、その三人に向かって黒い一陣の風が吹いた。夜なのに、そのつむじ風は明らかに昏かった。そしてその風にはどういう訳か、わずかに腐臭が混じっているように男たちには感じられた。同時にどこからともなく獣のうなり声とおそらく男性のものと思われる高笑いが聞こえてきて、男たちはその場で凍り付く。

 彼らに再び黒い疾風が迫らんとする、まさにその時、六頭立ての古風な漆黒の馬車がどこからともなく忽然と現れ、風から男たちを守った。

「ここは普通の人間の出る幕ではない。さっさと立ち去れ」

 馬車から出てきた、これも全身黒ずくめの男が異様な迫力を伴いながら言うと、腰を抜かしていた男たちは這うようにして逃げ出していった。




 月の光の下、荒れ果ててうち捨てられて久しいと思える古城のバルコニーに、一人の男のシルエットがあった。いや、シルエットではない。男は全身黒づくめだった。それ故シルエットと見間違ったのだ。

 上下とも漆黒の三つボタンのスーツに、これも暗黒を織り上げたかのようなネクタイを締め、エナメルとおぼしき靴も闇色に染め上げられ、ご丁寧にこの夜中に特大のサングラスをしている。色はもちろん黒だ。唯一シャツのみ輝くばかりの白なのだが、この白さのせいでむしろ他の黒さが際立っているかのように見えた。

 男は古城の建っている森の、遙か彼方を見つめていた。彼は視界にはない、人間たちの住む街に思いをはせていた。彼は人より遥に長い年月を生き、様々な人の生き様を見てきた中で、いつしか人間に親近感を持つようになった。それからでももうずいぶんと時が経つ。

 彼の名はクリフ・シュタインゼール。伯爵位を持つ、立派な貴族である。

 クリフの元へ、一つの影が舞い降りてきた。

「……仕事か」

「相変わらず素っ気ないわねえ。もう少し可愛くしても罰は当たらないわよ」

 クリフの傍らに立ったのは、全裸の女性だった。だがもちろん、ただの人間が夜空の中、飛んでこれるわけはない。彼女の背にはその体に比べてアンバランスなほど巨大な翼が一対、生えている。翼の表面はビロードのように短い毛が美しく生えそろい、月の光を反射して黒く輝いている。翼だけではない。腰からは翼と同じ表面を持つ尻尾も生えており、まるでそれ自体が別の生き物であるかのように自由に蠢いている。また美しく波打つ赤い髪が月光に映える、その合間から前方に向かって細くとがったものが突き出ている。角だ。細くていくらかうねっている二本の角が、彼女の額から斜め上に向かって突き出ていた。

 そう、彼女、サリアは人間ではない。その姿からよく悪魔などと言われるが、ちょっと違う。彼女はサキュバスと呼ばれる一族の末裔だった。大きく分ければ悪魔の一種になってしまう場合もあるが、厳密に区分した場合は異なる存在である。サリア自身も悪魔と混同されることをひどく嫌悪している。

 だがそうすると、そのサリアが親しげに話すこの黒ずくめの男は一体何者なのか。悪魔と見まごう全裸の美女が親しげに話しかける彼もまた、人ではないものなのか。

 彼の目は光っていた。サングラス越しにもわかるほどに、怪しい赤に。

 そう、闇から生まれたかのように黒をまとう彼こそ、夜の眷属として名高い最強の魔人、吸血鬼である。

 しかし、彼は自ら持って生まれた特性を忌み嫌うようになっていた。人間を近しく思う彼は、人間の血を吸わねばならぬ己が性を忌まわしく思っていたのだ。もう彼はずいぶん長い間、人間から直接血を吸っていない。最近では彼は金を払って人間から輸血用血液などを正当な手段で買い、それで自分の渇きを癒やしている。

 ではクリフはどうやって金を得ているのか。それは人間にはできない、彼にしかできないことをやって、その対価として人間から金銭を得ているのである。その『仕事』を仲介しているのが、このサキュバスのサリアである。

「おまえの持ってくる話にはろくな物がない。帰れ」

「そう邪険にしないでよぉ。話だけでも聞いてみたら? 興味がわくかも」

 興味などわくものか、とクリフはぶつぶつと呟いたが、サリアは聞こえたふうもなく話し出した。彼女の話によると、夜の街に突如、黒い疾風とともに何者かが現れ、家畜や住民を連れ去ったり惨殺したりしているという。そこまで反応のなかったクリフだが、サリアの次の言葉に視線が動いた。

「そのつむじ風にね、どうも腐臭が混じっているらしいの」

「……わかった。行ってみよう」




 馬車から出てきたのは言わずもがな、クリフである。彼の視線の先には、先程の昏いつむじ風が渦巻いていた。なるほど、獣のうなりとおぼしき声も風音とともに聞こえる。もう男たちは逃げたようだ。

 クリフは獣の声に耳を傾ける。かなり野太い、どう猛さを感じる声である。

「一頭じゃあないな。二頭いるのか?」

 すると、風の中から何かが出てきた。

「ほう、闇夜に黒犬か。なるほど、理にはかなっているな」

 夜の闇からでてきたのは、これも闇を固めて作ったような漆黒の二匹の犬だった。しかしこの犬、異様に大きい。大型犬サイズを優に超えて、大型肉食獣くらいはありそうだ。それに牙も異常に発達しているように見える。不揃いだがどれも長く、凶悪なまでに鋭い。口の中に収まりきらずにはみ出しているなど、ここまでくるとさすがに異常だろう。

 クリフは無造作に見るからに凶悪な黒い獣たちに向かって歩き出した。武器らしきものは何も持っていない。素手で相手をしようというのか。

 黒犬たちのうなり声が高まる。二頭ともが上体を低くし、今にも飛びかからんと力を蓄えているのがよくわかるというのに、吸血貴族は意に介したふうもなく、ひょうひょうとした足取りで二頭のほうに近付いていく。

 あともう五メートルを切る! という距離になって、闇色の犬たちが飛びかかってきた! ガオンッ! と犬とは思えない凶悪な声とともにその巨体が二つ、上から黒衣の貴人に襲いかかる。

 その時、にぃ、とクリフが唇の端だけで笑った。なんとも言えない邪悪な笑みだった。そして次の瞬間、彼の両手には今までなかった拳銃が一丁ずつ握られていた。

 グロック二六。オーストリアが生み出した小型拳銃だが、決して取り立てて強力な弾丸を撃てる銃ではない。第一、彼はついさっきまで手には何も持っていなかった。あのグロックはどこから出したのか。

 ガガァンッ!

 銃声が深夜の街並みに木霊する。至近距離から銃弾を浴びた巨大な黒獣は、それでも運動エネルギーを相殺しきれずクリフに向かって落ちてくる。彼はそれを軽やかにかわして後ろに落ちた二頭を振り返る。

 まさか間髪入れずに襲いかかってこようとは!

 とっさにクリフは銃を前に出し、狂犬どもはそれにかぶりついた。あっさりとその牙でかみ砕いてしまったが。黒衣の紳士は顔に吹き付けてくる獣臭とそして腐臭に顔をしかめつつ後退する。

「どうやらこいつらが今回の目的で間違いなさそうだな」

 足を動かしたようには見えないのに、彼は数メートルも後退していた。

「しかし、こいつら、自分の判断で動いてるのか?」

 そうクリフが呟くと、それに答えるかのようにどこからともなく男の高笑い声が響いてきた。

「さすがはダークストーカー。目の付け所が違うな」

 見ると二頭の巨大な犬の間に黒いもやが集まり、みるみるうちにそれは人型を成していった。

「はじめまして。どうやら貴方も闇に生きる者のようですね」

「人のことはいいから、貴様の名前を教えろ」

 ふふっと笑って闇男はその顔をあらわにした。闇から生まれたその男は、異形の持ち主であった。首から下は黒いマントに被われてわからないが、顔の皮膚はところどころ腐り落ち、肉が溶け崩れていた。両目はそろってはいるが右の目蓋はすでになく、そのせいで右目が異様に大きく見える。髪は六割ほど残っているがひどくぼさぼさで、まだらに灰色になっていた。そして口元。唇が一部腐り落ちて歯が覗いているが、その歯がいずれも乱杭歯となっていた。

「貴様……吸血鬼の……」

「その通り! オレこそ真のナイトメア! 吸血鬼ダルヴァロ・バートリー!」

 要はヴァンパイアゾンビが正体のようだ。これはクリフにとってはありがたい話である。というのも、彼はモンスターハンターを生業とし、そして化け物を退治して人間から対価を得ているわけだが、モンスターハンターはこのご時世、引く手あまたでモンスターの強さもどれも半端ないというのが実情。なかなか続けるのは難しいのだ。そこでハンターたちが取った手段が専門化というわけだった。中でもクリフはゾンビ退治を得意としており、もっぱらゾンビバスターとして名が通っていた。

 それにしても。先程はなぜクリフの銃があの犬もどきには通じなかったのか。その理由は彼にはすでにわかっていた。

「その犬、ただの犬ではないな」

「ふふっ、その通り。このブラッドとシャドウはいわばオレの分身。なまなかなことでは倒せんぞ」

 やはりどうやらただの犬ではないらしい。もっともクリフは予想していたらしく、これといった反応はないが。

 クリフの持っているグロックは決して特殊な銃でも、特別強力な銃でもない。むしろ十発しか装弾数がないなど、どちらかと言えば非力な銃と言えるかも知れない。だが彼は銃ではなく弾に特殊なものを使用していた。銃の口径は九ミリしかないが、それに合わせて作られた炸裂弾を用いていたのである。

 九ミリ炸裂弾などたいした威力ではないと思うのは、古い常識に縛られている証拠だ。クリフのグロックに装填されているのは特別に開発した炸薬が使用され、特にゾンビに対して効果的なようにできている。そもそもゾンビはリビングデットと呼ばれるくらいですでに死んでおり、ちょっとやそっとのことでは滅ぼすことができない。動けないほどばらばらにするか、頭、つまり脳を破壊するしか方法はないとされている。

 そこでクリフはゾンビに手っ取り早く大ダメージを与えられる方法として、拳銃に炸裂弾を用いることを思いついたのだ。それもダメージを増強させるために、特殊な火薬を微細な金属片とともに詰め、これで頭を吹っ飛ばせば、タフなゾンビでも一発で片付けることができる。

 その強力な銃弾を浴びても平気なこの二頭の犬は、一体どのような存在なのか。

 ダルヴァロは、自身の分身だと言った。

 彼は吸血ゾンビだ。

 ということは、あの二頭の黒犬もその特性を持っている?

「……面倒なことになってきたな」




 にやりと唇の片端を釣り上げながら。クリフは呟く。言葉とは裏腹にずいぶんと余裕を感じさせる態度だ。

 ダルヴァロにはそれが気に入らなかったらしい。やにわに黒い猛獣をクリフめがけてけしかけてきた。黒い疾風と化して迫ってくる二頭に、クリフはばっと両腕を広げて待ち構えた。まるで飛び込んでこいとでも言わんばかりに。

「!」

 黒犬二頭とクリフが接触するまさにその瞬間、クリフの両腕から黒い何かがバッと広がり、それが二頭を包み込んだ。そしてその黒い何かはまたあっという間にクリフの両腕に吸い込まれていった。

 それはまさに一瞬の出来事だった。

「ほう、面白いことをする」

 だがダルヴァロは大事な手駒を取られたというのに、まるで焦った様子もない。

 そして次の瞬間、意外な事態となる。

「!!」

 突然、クリフがサングラス越しでもはっきりそれとわかるほどに目を剥いたかと思えば、体を折って咳き込むように吐血し、とっさに口元を押さえた両手からあふれた血がだばだばと地面を打った。

「なん……っ!」

 苦しむクリフの背がいきなり大きく盛り上がったかと思うと、そこから例の黒犬二頭が飛び出し、ダルヴァロの元へと戻った。

「ふふふ、驚いたか? こいつらはただの闇の存在ではない。オレと同じくゾンビの属性があるから、お前の『ただの闇』では同化しきれんさ」

 たたっと数歩、よろめいたクリフはそこでなんとか立ち止まり、これも漆黒の手袋をした左手の甲で口元の血をぬぐいながら顔を上げた。

 なんと、その顔は笑っていた。嗚呼しかし、こんな邪悪な笑顔があるだろうか。

「なるほど。そうだな、おまえを一時でも同族と思ったわたしが間違っていた」

 クリフはその白い唇の間から赤い舌を伸ばすと、まだ口のまわりについていた自らの血を舐め取った。

「では今度はこちらから行かせてもらおう」

 そう言うとたんっと地面を蹴り、一気に十メートル以上間合いを詰める。その手にはいつの間にか再びグロックが握られていた。

 着地する寸前、シャドウがクリフに躍りかかってくる。彼はシャドウにグロックを撃ち、黒犬が霧化してそれを避ける間にクリフはそれをかわしてダルヴァロに肉薄する。そしておぞましきゾンビヴァンパイアに一撃を加えようというまさにその瞬間に、横合いから今度はブラッドがクリフに体当たりも同然に襲いかかってきた。クリフはその巨体を片手で突き放すと、左腕を目にも止まらぬスピードで一閃させる。が、これも霧化してかわされた。

 この間にダルヴァロ本人は距離を取って逃げている。

「くくくっ、どうした、さっきの勢いは?」

「使い魔任せの貴様に言われたくはない」

「なんとでもほざけ。どうせ貴様にはその二頭は倒せん」

「……」

 ダルヴァロの言うことももっともだ。銃も効かず、格闘もできないとあっては、倒す方法などありそうにない。クリフは黙って両手に持つグロックの弾倉を交換していた。

「弾など補給しても無駄だとまだわからんか」

 ダルヴァロがあざ笑うが、それでもクリフは左のグロックのスライドを引いて、初弾をチャンバーに送った。

「この弾を試してみるか?」

「……まだわからんのか、こいつは」

 二頭の黒い狂獣が姿勢を低く下げて、うなり声を上げる。

 にやりと不敵な笑いを浮かべ、クリフは両手の銃を肩の高さにまで上げる。

 巨大な二頭の黒犬と黒いクリフのどちらが先に飛び出したか。どちらも驚異的な跳躍力を見せ、数十メートルはあった両者の距離が、一瞬のうちに縮まった。

 黒い疾風同士が交錯した瞬間、誰もが激しい衝突を想像したと思うが、実際には意外なほどあっさりと双方はすれ違った。実はクリフのほうが銃撃すると見せかけ、激突する瞬間、自身を一旦霧化して黒犬らの攻撃をすり抜けたのだ。犬たちはどうやら翼は持たないらしく、空中で方向転換することはできないようだ。

 クリフはそのまま一気にダルヴァロの元へと詰め寄る。無論、彼も黙ってやられるわけはなく、後退しながらぼろぼろのマントの中から短剣を出すと、クリフめがけて投擲してきた。

「!」

 意外なほど早く鋭い投擲は、相手がブラッドブリードであることを再認識させる。クリフはグロックで弾くが、そのうちの一本がグロックの銃身に食い込んだ。

 普通ならあり得ない話だが、投げた相手はゾンビ化しているとはいえ吸血鬼であることと、グロックという銃の大部分が軽量化のため、強化プラスチック製であるということからこういうことが起こったのだ。だがもちろん、ナイフが刺さった銃では弾は撃てない。クリフはためらいなくスローイングナイフの突き立ったグロックを捨て、右腕の袖口から新しいグロックを取り出した。

 これもあり得ない話だ。クリフが着ているのは一見して普通のスーツである。オーダーしたように彼の体に合っているが、それでも袖口は当然多少の余裕がある。また彼の使っているグロック26はオートマティックとしては非常に小型で、大人の男性の、それもやや大柄になるであろうクリフが持つには小さすぎると感じるほどだ。実際、装弾数は十発しかない。それにしてもスーツの袖の中に隠しておけるとは思えない。しかもすでにクリフが銃を持ち替えるのはこれがはじめてではないのだ。

 しかし銃を投げ捨てるその一瞬の隙をダルヴァロは逃がさなかった。彼は即座にマントからサーベルのような長剣を取り出すと、慣性の法則を無視して逃走から一転、剣を構えてクリフに向かっていった。

 即座に対応するクリフ。ダルヴァロとの距離を詰めつつ、右手も前へと突き出し、二丁のグロックの照準を合わせる。迫るサーベルの切っ先を無視しつつ、クリフはトリガーを引いた。

 ガァン! 二つの銃口からまったく同時に銃弾が飛び出す。それからわずかに遅れて長剣がクリフの右胸に突き刺さったが、その次の瞬間、二つの銃弾がダルヴァロのマントの中に吸い込まれた。

 ボムッ! 一瞬の爆発。そして閃光。拳銃弾とは思えない強烈な光に、撃たれたことも忘れてダルヴァロは怯む。

「なっ、なんだこれは?!」

「『太陽弾』だよ」

 クリフはグロックを持った手で顔を閃光から守りながら答える。

「照明弾の応用だが、一時的に疑似太陽光を作ることができる。九ミリの弾頭に仕込める量なんてたかが知れてるが、それでも二発を体内でぶちまけられちゃあ、いくら吸血鬼といえど無事では済まない」

「そんなっ! 一方の銃は捨てたはず!」

「あらかじめ用意してあったとしたら?」

「ば、バカな……」




 ダルヴァロが吐息のようなかすかな声で呟きながら、体の中心から崩れるように塵となっていった。クリフは右胸に刺さったままになっている剣を掴んで引き抜くと、傍らに投げ捨てた。右胸に血は付いていない。

 ふう、とクリフが一息ついたまさにその時、背後から何かが彼の左腕をかすめていった。

「!?」

 見ればあの黒犬が二頭、クリフを睨んで唸っていた。一方の口元には夜目にも鮮やかな赤い色が広がっている。クリフの左腕の一部を食いちぎったのだ。

 しかし、ダルヴァロが死んだ今、なぜこいつらが?

 答えはまさかの形で知ることとなる。

「言ったろう? こいつらはオレの分身だと」

 口元を赤く塗らした黒犬が人の言葉で、いや、ダルヴァロの声でしゃべったかと思うと、その顔が見る見るダルヴァロのそれになる。

「オレの魂を分割してこいつらに分け与えたのだ。つまりシャドウもブラッドもこのオレ自身というわけさ」

 クリフの左腕を、つーっと赤いしずくが伝い落ちていく。

「さあ、仕切り直しだ。さいわいまだ時間はたっぷりある」

 ダルヴァロは口のまわりに付いたクリフの血を、異様に長い舌で舐め取りながら言った。

「オレも本気を出させてもらおう」

 二頭の犬同士が近付くと、まるで溶けるように二体の輪郭が崩れ、みるみるうちに一つの体を形作っていった。

 それは、異形の者だった。上半身はかろうじて人型と言えるか。驚くほどに長い腕やその先に延びている鋭くナイフのように飛び出ている爪、そして腹部あたりから突き出している獣の顔に目をつぶれば、だが。下半身に至ってはもっとひどい。獣の姿を真似ているのだろうが、足が六本もあり、そのいずれもが鋭利なかぎ爪を持っている。

 その異形の者となったダルヴァロが吠えると、夜闇が震えた。

「愚かなことを」

 クリフが哀れむように呟いた。

「まだわからんと見える」

 そう言いながら、彼は自分の左腕の傷口を舐めた。スーツが破れ、腕の肉がえぐられたようになっていた傷は、彼が舐めると何事もなかったかのように元に戻っていた。

「貴様とわたしの、根源的な違いが」

 クリフの目が赤く輝く。サングラス越しにでもわかるほど、いや、サングラス越しだからこそ彼の瞳が輝いているのがはっきりと見て取れる。それは真のブラッドブリード、闇の貴族の証。

 クリフは大股でダルヴァロに近付く。何故かダルヴァロは体が固まったように動けない。

 ダルヴァロの目の前に立つと、クリフは彼の頭を右手で鷲掴みにした。クリフの瞳が一層輝く。

 赤く。紅く。朱く。

「爵位を持つ吸血鬼と、そうでない者の違いを思い知るがいい」

「は……」

 ダルヴァロが溜息のような言葉を発した。ただそれだけだった。彼にできたのはそれだけだったのだ。

 瞬く間にダルヴァロの異形の体は小さく萎み、途中からは砂のように崩れて風に吹かれて散っていった。

「しょせんは出来損ない、か」

 遠くを見つめるクリフは、どこかさみしげでもあった。

 戦いが終わったのを見ていたかのように、クリフの傍らに黒塗りの馬車がやってきて止まった。もう夜明けまで一時間もないだろう。

「……戻るか」

 ため息のように呟くと、漆黒の貴族は馬車に乗り込み、そのまま夜の闇へと消えていった。

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