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水を巻く 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 マドラーも、こうしてみるといろいろなデザインのものがあるんだねえ。

 もとより、マドラーはカクテルにくわえるものを、しっかり溶かし込むのに作られたとされている。

 人間の味わいとかに関係するわけだが、この濃度を一定にするという行い。自然界でもなかなか重要な仕事なんだろう。人間の体内とかでも、浸透圧なんてものが働くくらいだ。こいつが成す役割は大きいんだろう。

 私も小さいころ、かき混ぜるという動作に関心を寄せるきっかけがあった。

 そのときの話、聞いてみないかい?



 私の祖父が持っていた屋敷は、嘘か真か、平安時代に設計されたというんだ。

 経年劣化した部分はもう建て替えしてしまったらしいが、橋のかかる池部分は長いことキープがされ続けているそうだった。

 舟遊びに使えるほどの面積があり、池の一端と一端を結ぶ橋は架かっているが、そのアーチは船ごと下をくぐれるほど高い。

 私も祖父の家へ遊びに行くと、一度は舟に乗せてもらっていた。

 実家は少し出かけないと、水が多いところへたどり着けなかったからな。物珍しさもあってけっこう乗り気だった。


 水深そのものは、たいしたことはない。

 小学生でも、せいぜい腰あたりまでが浸かるくらいだろう。ハイハイし続けるとかしない限りは溺れることはないと思ったよ。

 唯一、怖いところというと、橋の下をくぐるあたりか。あそこは両側から光が入りづらい位置でね。瞬間的に、暗闇に包まれるところだった。

 トンネルというには短すぎる1メートルくらいの幅とはいえ、水面さえろくに映らない空間に、私は幼いながらの怖さを抱いていた。

 不意にそばで水音が立ったりすると、びくりと背中を震わすことさえあってさ。やはり塞がれる視界は、神経を敏感にするんだねえ。



 祖父の家に遊びに行くときは日帰りがほとんどだが、夏休みとかの長い休みは泊りがけになるのが通例。

 宿題は早めに終わらせる私は、連泊するお盆どきには心置きなく滞在を楽しむゆとりがある。

 その日の夜も、昼間の遊び疲れもあってか、ぐっすり寝入っていたつもりだった。

 ふと耳に、外からの水音を聞いて目を覚ましたんだ。

 私の寝る部屋は障子と縁側、ガラス窓を挟んで外に面している。音が聞こえやすいのはいつものことだったが、雨がガラスにぶつかる音とは違った。

 波を打つ気配。こいつは池を舟が進むときによく出るものだった。


 ――こんな夜に?


 暗くなってから舟を出すのは危ないと、祖父が話していたはず。ごもっともとは思っていたが……。



 そっと障子を開けて、外へ目を凝らす私。

 池は縁側から数メートル離れている。当時はさほど視力が落ちていないこともあって、少し目を慣らせば、暗闇の中も様子をうかがい知ることできた。

 私はその中に、確かに舟に乗る人影を認める。更にその脇に携える長い棒らしきものも。

 かすかに開いている窓から、引き続き聞こえてくる水音。もし幽霊とかなら、ここまで音を響かせたりしないだろう。

 私は上着を引っかけると、縁側に出しっぱなしのサンダルをつっかけて、池へ近寄っていく。



 舟に乗っていたのは、祖父だったよ。

 私が近づいていくより前に、頻繁に狭い池の中で方向転換を繰り返していた。

 脇に抱える棒を池に差し、そこを軸にするような形で、逆時計回りにじっくりと回転を続けていく。舟だと相当難易度が高い操作のはずだ。

 だがそれを祖父はやり、何回転かするとわずかに横へずれて、同じようにくるくると回っていく。

 奇妙な動作に見とれていると、祖父もやがてこちらに気づいたのか。いったん舟を岸へ寄せて降り、私の元へ歩いてくる。


「起こしたならすまんかったな。この時期、こうして混ぜないといけないのだ」


「混ぜる?」


「お盆に、亡くなった人が帰ってくるという話は、すでに聞いたことがあろう? そして幽霊というのは、水辺へよく寄ってくるものなのだ。

 ほどよく集まる分にはいいが、かたよって集まりすぎると形になりかねない。そしてそれは人にとって都合がいいとは限らない。

 だからじいちゃんは、お盆の時期になるとこうしてほどよく池を混ぜ合わせているんだよ」


 そう話し、祖父はまた舟へ潜ると、ついっと棒で水底を衝く。

 前へ滑り出した舟は、勢いよく橋の下を潜り抜け、池のもう片面へ。

 棒を突き立てて勢いを殺した祖父は、再び舟による旋回を繰り返していく。

 じっと作業を見守っていた私だが、都合5回繰り返された回転のうち、4回目で異状に気が付いたよ。

 祖父が回り始めてほどなく。舟の下の水が盛り上がっていくんだ。

 あれよあれよと私の背を超えようとする上昇に祖父も気が付いて、底へついていた棒を、盛り上がりつつある水の山の中へ突き刺していく。

 何度目かの突きで、とうとつに形を崩した山は、私へもしぶきがかかるほどの勢いで、どぷんと祖父を舟ごと池へと落としたよ。

 後で祖父に聞いたところ、私に話した「形」になる瞬間があれだったとのことだ。

 ヘタにとどまらせるとろくなことにならない、とも。



 いまは祖父も亡く、屋敷も手放してしまって久しいが、あの役目はいまの家主にも継がれているんだろうかね?


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