ユニコーンの乙女
「ああ、あんた綺麗な顔してるなあ。あんたみたいな器量良しは、いつもなら娼館に連れてくんだ。お嬢ちゃんは肌も白いし、そばかすもないし、きっと高く買い取ってもらえたろうねえ。
だけどその髪、その髪があるからね。ユニコーンのたてがみと同じ月光色のブロンドだ。あんた喜んでもらえるよ。牧場主はあんたみたいな毛色の子供に本当にいい値をつけてくれるんだ」
私を荷台に乗せた男は嬉しそうにそう言いました。ぼさぼさ頭によれよれのコートを纏ったひょろりとのっぽの人買いです。この男はつい先程、次の冬をどう越えようか悩む母から私の身柄を買ったのでした。
口減らしに子供が売られていくことは別段珍しい話ではありません。貧しい土地の貧しい村では凶作の秋の風物詩とも言えました。
三日ほど前、隣家のアネッサがガタゴト揺られていったので、母もそろそろ踏ん切りをつけるんじゃないかと考えていた通りでした。でもそれは仕方ない決断だったと思います。うちでは娘は私だけだし、兄たちは非力な私の何倍も働くことができたからです。
母はとても賢い人です。少しでも私に高値がつくように髪を長く伸ばさせたのは母でした。人買いはその髪を見てなんと金貨を出したのです。だから母の商談は本物の大成功でした。いくらにもならなかったアネッサやその家族には気の毒ですが、母や兄たちは今年どころか来年の冬も、再来年の冬も、楽々と越えられることでしょう。
私は家族を、とりわけ母を愛しています。これから私の人生がどうなるのかはわかりませんが、いつかまた母や皆に会える日が来ると信じて頑張りたいと思います。
「ようし、それじゃあ行こう」
人買いは私の腕と足を縛るとロバに跨り、東へ進み始めました。またとない女の子が手に入ったと彼はご機嫌な様子です。
牧場主が私を銀貨で買い取ると言い出したらどうするつもりなのでしょうか。こんな小娘にそう何枚も金貨が積まれるとは思えません。けれど人買いはもう財布がパンパンに膨らんだかのように鼻唄を口ずさむのでした。
◇
さて、生まれ故郷を旅立って早くも三日が経ちました。この数日でいくつかわかったことがあります。
まず人買いが病的な話好きだということです。私に喋りかけるときもあれば一人でぶつぶつ呟いているときもあります。寝るとき以外は黙っていられないのかと思うほどで、夢の中でも騒いでいるのは間違いありませんでした。
でもそんな人買いのおかげで私の向かう「牧場」がどんなところか掴めたのだから文句を言うわけにいきません。母と人買いのやり取りから、そこがかの有名なユニコーン牧場だとは薄々勘付いていたのですが、自分がどんな働きを求められているのかは最初少しもわかりませんでした。
けれど私はもう完全に私の置かれた状況を理解しています。
どうやら私はユニコーンの生餌にされる運命のようでした。
ユニコーンと言えば東の森で群れを作って暮らしている、角の生えた綺麗な馬です。白い体躯に白い角、明るい月光を思わせる豊かなたてがみはこの国に住む誰もが思い描くユニコーン像でしょう。
有名なのは角の毒です。素手で触れると皮膚が爛れるほどの毒が成獣の角に含まれています。この猛毒が少量ならば死病を癒す薬になるのが私は不思議でなりません。でもきっと、トリカブトみたいなものでしょう。あの植物も上手く使えばいい薬になりますから。
ユニコーンの家畜化をお命じになったのは都の国王陛下だそうです。当代の王は生まれつき病弱で、これまで何度も死の淵をさまよっており、貴重な薬を強くお求めになっているそうでした。それで東の伯爵がユニコーンの棲む森の側に新しく牧場を作ったというわけです。
牧場にはまだ数頭の仔馬しかいないという話でした。成獣は獰猛すぎて到底生け捕りなどできず、またせっかく捕らえても人に慣れず、飼育にも向かないのだと人買いは言いました。
彼は牧場ができた当初から牧場主に雇われているようです。
「俺、商売上手くないんだよね。身体ひょろいし、舐められて買い叩かれて、移動中に売り物に逃げられることもあるしさ」
人買いは嘆息しながらぼやきました。私はついつい勝手に緩めた手首の縄に目をやります。人買いは不器用で、結び目一つ満足に作れません。ロバの上で腰を擦る動作はのたのたしていますし、私でも「逃げられそう」と思います。しかも自分で過去の逃げられ実績を語るのですから売り物だって希望を持ってしまうでしょう。自業自得なのではと言いかけて私は口をつぐみました。
「あんたは俺から逃げないでねえ。でないとあんたのお母さんに金貨を返してくださいって怒鳴り込みに行かなきゃならなくなるからさあ」
なんの気もない言葉だったと思います。けれど人買いのそのひと言は、私を荷台に縛りつけるには十分でした。
私が逃げれば母に迷惑がかかります。母が私に失望すれば、私は二度と家の敷居を跨がせてもらえなくなるでしょう。
帰りたければ迷惑をかけない方法で帰らねばなりません。この荷台を飛び出すことはあまりに愚かな行為でした。
人買いはぺらぺらと一人で喋り続けています。私が返事をしなくても、相槌一つ挟まなくても彼は平気なようでした。いえ、内心では違っていたかもしれません。どう考えても彼のお喋りは精神の均衡を保つためになされているものでしたから。
母もよく喋る人でした。それもこっそり私にだけ打ち明け話をする人でした。三年前に死んだ父にどんな嫌味を言われてきたか、義母がどんな仕打ちをしたか。母は不遇な人でした。母に比べれば私の苦労など蜂蜜より甘いものです。やはり母に迷惑はかけられません。私は牧場へ行かなければ。
牧場主はよそではほとんど値のつかない痩せっぽちの女の子でも高く買ってくれるそうです。人買いは自分より体格のいい男など荷台にすら乗せられないので大喜びで子供ばかり扱うようになったそうです。
特に額が跳ね上がるのは淡い金髪の女の子。ユニコーンのたてがみと色味や太さが似ているほどいいらしく、人買いは「あんたほどの上玉は初めてだ」と褒めてくれました。
少し複雑な気分でしたが、生まれて十年、こんなに人を喜ばせたのは初めてです。冬の沐浴がつらくても髪を伸ばし続けて良かったなと思いました。
そんな気持ちはけれどもすぐに揺らぎました。牧場に売られた後どうなるか次第にはっきりしてきたからです。
ユニコーンには角の毒のほかにも一つよく知られた伝説があります。それは「清らかな乙女の膝では寛いで大人しくなる」というものです。
もちろんこれは伝説ですから事実とは異なります。ユニコーンは乙女が好きなわけではなく、血の臭いが嫌いなのです。
大抵のほかの動物と同じようにユニコーンも血の臭いには敏感です。嗅げば興奮状態となり、臭いのもとへ突っ込んでいきます。狩人には生傷が絶えないですからユニコーンの大暴ればかり見る羽目になったことでしょう。
乙女でも初潮を迎えてしまったら敵意の的となり得ます。貧血気味の男には攻撃してこなかったという記録も残っているそうです。
牧場主はユニコーンのこの習性をよく知っていて、女の子を中心になるべく幼い子供ばかり買い取っているようでした。
なんのためにかと言えば、仔馬のふりをさせるために。
「お嬢ちゃん、あんたは幸せ者だな。毎日腹いっぱい食べられるし、眠るとき寒い思いをすることもない。殴られたりもっと酷い乱暴をされる心配もないんだ。苦しいのは最後だけ。だけど人間、どんな風に生きてたって最後は苦しいもんだからね」
人買いは私に向かってそう言います。私が逃げ出さないように牧場は地上の天国だと何度も何度も繰り返します。
だけどもう私にもわかっていました。人買いがなんでもかんでも喋るので、他人の不幸な未来さえ黙っておいてくれないので、牧場に着けば間もなく死んでしまうのだと。
毒を持ち、凶暴な性格のユニコーンを捕らえることは容易ではありません。では一体、牧場主はどうやって仔馬を捕まえたのでしょう?
人買いの話を総合すれば、その方法はおそらくこうです。まず売られてきた女の子を張りぼての馬に入れ、たてがみのように髪を垂らします。群れの中にそんな仔馬が現れてふらふら縄張りを離れかけたら大人の馬は我が子と思って慌ててついてくるでしょう。そうして親子を引き離す間に置いて行かれた本物の仔馬を引いていくのです。
牧場主は安全なところで見ているだけでしょう。仔馬を捕らえにいく者とて力も毒もまだ弱い獣を相手にするだけです。
一番危ない目に遭うのは親馬を誘い出す女の子です。偽物だと見抜かれたらどうなるかわかりません。いえ、牧場がしょっちゅう人を買うということは、女の子たちはきっと戻らなかったのでしょう。
己の先行きが予見できても私は荷台に座り込んだままでした。すべてが私の空想の産物であればどんなに良かったか!
けれど現実はいつも私に優しくしてくれないのです。
もう二日経つと車は止まり、私は荷台から降ろされました。
牧場主は私の姿をひと目見るなり「でかした!」と叫び、人買いは三枚もの金貨を貰い、私には白い仔馬の張りぼてが手渡されたのでした。
◇
――ぱきり。足元で枝の折れる音がして私は身をすくませました。びくりと肩が揺れたのを見咎められはしなかったでしょうか。どきん、どきん、心臓が破裂しそうに脈打ちます。
自分が東の森にいること、私の十数歩後ろからユニコーンがついてきていること。まだ悪い夢の中にいるようで、私の頭は状況に追いつきません。けれど五感は今までになく冴えており、背中に張りつく親馬の視線にもまとわりつくような嫌な重さを感じるのでした。
森は鬱蒼と茂っています。今は昼間のはずですが、地上まで届く光はほんのわずかなものでした。
風は冷たい秋の風。冬を連れてくる風です。
牧場の温かな部屋で大切にしてもらえたのはたった一週間でした。長い髪を毎日毎日櫛で梳かされ、たてがみとして十分だと認められると私は張りぼてを着せられました。裸にされ、馬油を塗りたくられながら、こんなことまでして手に入れるユニコーンの角には田舎娘の命などより遥かに高い価値があるのだと思いました。
世の中は序列だらけです。誰もが同時に一番で平等なんて欺瞞です。私より役に立つから母は兄たちを手元に残したのですし、私には治せない病を治すからユニコーンの角は重宝されるのです。
群れから離れたユニコーンの母子に近づき、親馬の目を引くことに成功した私は狩りの本隊とは逆方向にゆっくり歩き出しました。私の仕事はできるだけ親馬を遠くにやることです。本物の仔馬が鳴いても親馬がすぐ戻れない場所に連れ出してしまうことです。
一歩一歩湿った土を踏みしめるたび私の頭も動いてきました。どうして牧場の子供たちが命を落としたのかわかります。危険な獣であればあるほど背中を見せてはならないのです。飛びかかられれば避けられぬ距離に近寄ってはならないのです。それなのに今、私はユニコーンに背を向けて一人とぼとぼ森をさまよっているのでした。
母馬はまだ私が張りぼてと気づきません。私が茂みを回り込んだり、障害物を越えたりするのでなかなか追いつけないからです。
さすがにもっと近づけば一角獣の鈍い目にも私が人だと知れるでしょう。狩人はとっくに仔馬に縄をかけたと思いますが、私はまだこの張りぼてを脱ぐわけにいきませんでした。
私が張りぼてを渡されたとき、張りぼてはほとんど壊れかかっていました。丹念に髪を梳かされながら私はそれを繕い繕いなんとか己が纏えるようにしたのですが、折れた骨組みや激しく裂けて汚れた布は私を憂鬱にさせました。
張りぼての前の持ち主は突進を受けて死んだのでしょう。遺品が回収されたということは森を抜けて牧場の近くまでは戻れたのかもしれません。けれどもおそらく平野で親馬に追いつかれたのだと思います。でなければ牧場を危険に晒さぬように牧場主が矢でも射かけたに違いありません。牧場主は常々子供らに「親馬を撒かないうちは戻ってくるな」と言い聞かせていますから。
でもそれは、逆に言えば親馬を撒けば牧場に戻ってきて構わないという意味でした。生餌は何度も使えたほうが手間もお金もかかりませんから当然です。牧場に売られてきた子供たちは皆それを最後の希望にするのでした。
私もまた同じ希望にすがる者でした。ユニコーンから逃れて生き延び、母のもとへ帰りたい。願いはただそれだけでした。
ぱきり、足元で枝が折れます。
くしゃり、濡れた草を踏みます。
張りぼては視界を狭めてしまうのではみ出した足が怪我などしないように気をつけないといけません。ユニコーンは仲間以外の血の臭いを嗅ぐと暴れ出すのですから。
私は慎重に慎重に、間合いを詰められないように歩いて歩いて歩きました。
ユニコーンはずっと後ろについてきます。ちっとも動かない後ろ肢を不思議がっている気配があります。
こちらを見失ってくれる兆しがまったく見えないので私は少し焦ってきました。おまけに張りぼての後ろ肢がずるずると土を掻くので張りぼて自体がぐらついてきました。
必死でほつれを握り込みますが一度始まった崩壊は止まりません。間もなく張りぼてがバラバラになるのは確かでした。
それなのにユニコーンはまだ私を追ってきます。私は今すぐ張りぼてを捨てて逃げ出したい気分でした。
牧場に連れてこられた子供たちも鎧が破れて死んだのでしょうか。それとも正気を保てなくなって自分から飛び出したのでしょうか。
お母さん、と私は母に呼びかけました。お母さん助けてと祈りました。
張りぼてを壊すまいとすると歩みはどうしても遅くなります。歩くのが遅くなれば親馬はぐんと近づきます。逃げ道なんてどこにも見つかりませんでした。そのうえ私はあろうことか大きな池の前に出てしまったのです。
もう駄目だ、と思いました。ユニコーンの足音はすぐそこまで迫っていて、私からなけなしの冷静さまで奪いました。
茂みの向こうから鋭い角と美しい顔が覗いたとき、私はほとんど考えなしに水面に浮く蓮の葉っぱに飛び乗りました。でもそれが私の運命を変えたのです。
蓮の葉っぱはどれも大きく丈夫でした。私がもっと小さければ、張りぼてがもっと軽ければ、そのままずっと乗っていられたかもしれません。
とはいえ私が次の葉に飛び移る程度の時間はありましたし、私は親馬の接近怖さで蓮の密生する池の中央まで水面を跳ねていきました。
親馬は明らかに困惑して立っていました。ユニコーンにも水浴びをする習慣くらいはあるでしょうが、池を泳いだ例は聞いたことがありません。水の上にいる限り安全なのだと思いました。
そうしてほっと気を緩めたのがきっといけなかったのでしょう。私は足元の葉っぱが沈みかけているのに気づかず、あっという間に水に落ちてしまったのです。
バランスを取り直せなかったのはジャンプしようとすると同時、張りぼてが半分にちぎれたせいでもありました。私は水の中でもがき、必死で頭を出そうとしました。
親馬にはその光景がどんな風に映ったでしょう。次の瞬間、私はドボンと激しく水の跳ねる音を聞きました。ユニコーンが池に飛び込んできたのです。
なんとか水面に鼻先を突き出した私はこちらに向かってくる巨躯を目にして震え上がりました。追いつかれたら命はないと思ったので張りぼてをその場に置いて遠くへ遠くへ泳ぎました。
ユニコーンが泳げないとわかったのはすぐ後です。妙ないななきを耳にして私は逃げながら振り向きました。するとそこには沈みかけているユニコーンが見えました。
月光色のたてがみが水面にふわり広がっています。鋭い角が少しずつ水中に見えなくなります。
池はどれくらい深いのでしょう? でも多分、足はつけられないのでしょう。母馬の前肢は張りぼての残骸に伸びています。どうにか引っかけた布を彼女は懸命に陸に押し戻そうとしています。
私の髪は濡れたのでたてがみに見えなくなったようでした。今なら行けると私は反対の岸に上がり、裸のままで駆け出しました。
降り注ぐ光の多いほうへ向かえば森の終わりはすぐでした。遠くに牧場の柵が見えて、私は泣きそうになりました。
張りぼてのうち残ったのは蹄に似せた靴だけです。濡れた身体が、濡れた髪が、強い風に吹きつけられると寒くて凍りつきそうでした。でも、でも、牧場に戻ればまだ生きていられるのです。母にもまた会えるかもしれません。
――お母さん!
私は笑顔の母を浮かべて心の中で叫びました。
よくやったわね、と褒めてもらった気分でした。
無我夢中で走り続け、私は牧場に戻りました。次に目を覚ましたのは寝台の上です。昨日まで使っていた私のベッド。帰れなかったかもしれない寝床。
髪と身体は綺麗に拭かれ、温かな毛布が私を包んでいました。牧場主は少しだけ感心した風に「久々の生還者だな」と言いました。
池で母馬が死んでいるかもと伝えると、彼はたちまち目の色を変えて骸を確保に向かいました。
私は役に立てたようです。思いがけず角が一本手に入ったご褒美に、私はもっといい張りぼてを貰えることになりました。
◇
牧場で暮らし始めて三週間。季節は冬になりました。
あれから私は二度狩りに出て、二度とも牧場に戻りました。
ユニコーンを水辺に導いて溺れさせれば安全に森を離れられる。これはもう完全に確かなことでした。
繁殖期の関係で冬場は狩りをしないらしく、私の寿命は三ヶ月延びました。ほかの子供は全員死んで今は私一人です。私以外は上手くやれなかったらしく、張りぼてを着たまま池で水死していたり、池に着く前に力尽きて倒れていたり、ともかくそんな風だったそうです。
牧場主は「泳ぎなんてどこで覚えた?」と尋ねてきました。
そういえばどこでだったでしょう。
初めて私が水の中を泳いだとき、側に母がいた気がします。
笑って私を見つめていたような気がします。
◇
春が来ました。牧場の仔馬たちはすくすくと成長しています。
もうじき狩りが再開できるからでしょうか、この頃はまたあちこちから人買いがやってきて六歳から十歳くらいの女の子が増えていました。
私をここへ連れてきた人買いも誰か売りにきたようです。牧場主の小さな館に私の姿を見つけると彼は引っ繰り返りました。
「お嬢ちゃん、まだ生きてたのか!?」
相変わらずお喋りな人買いは私が食堂から自分の部屋へ戻る間、あれこれと聞きたがってついてきました。私が一人で三頭も大人のユニコーンを仕留めたと知ると手を叩いて喜びます。けれど少々はしゃぎすぎて狩人に見つかって、すぐに摘まみ出されました。私はここでは少し特別な子供なので、男が変な気を起こさないようにそれなりに大切に見守られているのです。
でもそんなことで自分の立場を忘れる私ではありません。私はユニコーンの狩りに役立つ限りここに置いてもらえるのです。食事と寝床を与えられ、面倒を見てもらえるのです。
母はいつも言っていました。思い上がりが一番の悪だと。お前は兄さんたちに比べて小さく弱く頭も悪く気立てだって良くないのだからスープの量もパンの大きさもどのくらいが相応しいか承知しておきなさい、と。
牧場では大人たちの半分だけ食べるようにしています。多すぎると思ったら自分から減らしにいきます。ユニコーンの水死体が増えるたび牧場主は陽気になって「王様からブローチでも貰ってやろうか」と言うのですが、一度だって私は彼の冗談を真に受けたことはありませんでした。
一番早いクロッカスが咲いてからおよそ一ケ月。狩りは再び始まりました。
子供は次々に死んでいきます。私はいつも一人でも多く生き延びられるようにと私なりのやり方をくどくど説明するのですが、近くで見ると意外に大きいユニコーンに圧倒され、皆浮足立ってしまうようでした。
この春に三度森から戻ってきたのは私とテレーゼの二人だけです。テレーゼもまたあの人買いが連れてきた少女でした。
もしかしたら私たちはほかの子供より心構えができていたのかもしれません。牧場の様々な事情が私たちには筒抜けでした。ユニコーンの習性もある程度は覚えていたのでどんなに邪魔でも張りぼてを脱ごうなどとは思わなかったし、ユニコーンから己の足で逃げることも試そうともしなかったのです。
テレーゼと私はすぐに仲良くなりました。私たちは本物のユニコーンの皮で張りぼてを作ることが許されていたので二人で技術を高め合いました。
でもテレーゼが自分一人で愛らしい仔馬を作れるようになった夏、私たちの友情はおしまいになりました。テレーゼはもう私を慕ってくれません。どころか私を貶めようと頑張ります。
同い年だから上手く行かないのでしょうか? 彼女が私より年上だったなら私は喜んで彼女の支配に応じられたと思います。年上を、目上の者を敬うように私は育てられましたから。
テレーゼが駄目になったのは秋でした。ある日の朝、彼女のシーツに少量の血がついているのが見つかったのです。
その日は一日牧場が落ち着かない雰囲気でした。仔馬たちが暴れ出すのではないかと皆ぴりぴりしていました。
昼前にはもうテレーゼの姿はどこにもなかったように思います。多分娼館に売られ直したのではないでしょうか。私もなんだか胃がひりついて、その日は寝つけませんでした。
あの人買いにテレーゼの話をしたのに意図はありません。たまたま彼が館に来ていて、たまたま共通の話題だったというだけです。
「長くここにいたいなら、がっつきすぎちゃいけないよ。絶対じゃあないけどね、あんまり食わない女のほうがアレになるのは遅いと思うな」
私は息を飲みました。確かにテレーゼは毎日よく食べていたのです。
人買いが去ってから色々なことに私は思いを巡らせました。
「女」になればお払い箱。だったらこれまでの功績を認めて母のもとへ帰してもらえないだろうか。
知恵と勇気でユニコーンの角を得たことを話したら空想ではなく本物の母が褒めてくれはしないだろうか。
でも結局、私は私の考えを誰にも相談しませんでした。
牧場主が殴らないのは血で汚れると困るからです。親身に振る舞ってくれるのはそういう気分のときだけです。
母もころころ態度を変える人でした。昨日はこうしろと言ったことが今日はそれでは駄目だと言う、私には難しい人でした。それでも兄たちはいつも母を楽しがらせていましたから、私に何か欠けたところがあるのでしょう。
とにかく私は牧場主と話し合える自信が持てませんでした。せめて王様からブローチをいただければと思いましたが、牧場主がそういう装身具をいくつも私に渡さずいるのを知っていたのでやはり何も言えませんでした。
◇
一年が過ぎ、二年が過ぎていきました。私はどんどん狩りに慣れ、張りぼては精巧になり、泳ぎもすっかり上達しました。
牧場は仔馬だらけになっています。人間にもよく懐き、とても可愛がられています。
ユニコーンの角に溜まる毒は彼らが森で食べている草花から生成されるものではないか。ある日人買いからそんな話を聞きました。相変わらず耳に入れたことすべて口から出してしまうこの男は、牧場の下男下女たちが噂していたとまったく悪びれもしません。でも私もいい加減、彼のこのお喋りが私を助けてくれているとわかっていたので咎めることはしませんでした。
「また会おうねえ。死なないでよ」
私の生還を喜んでくれる人たちの中で、彼だけはちょっと変わっています。私が死のうと生きようと彼は損も得もしません。人買いと売り物という関係はとっくに過去のものだからです。
この頃の人買いは若い男の人を連れてきます。ユニコーンの仔馬を世話する仕事が増えたのです。仔馬とはいえ角には毒がありますから、堅気の人間には嫌がられてしまうのでしょう。でも生餌として狩りに参加するよりは安全ですから逃げられることは少ないようです。
人買いは牧場に旅するとき私の話をすると言います。女の子が頑張っていると聞くと男の人はなぜか負けまいとするそうです。
人買いが私を一つ褒めるたびに私は居心地悪くなります。私は人買いという職を神様のお許しになったものだと思えませんし、人買い自身の能力も怪しいものだと思います。でも人買いは、私が彼を褒めなくても私を褒めてくれるのです。そんなとき私はいつも冷たかった母を思い出すのでした。
◇
牧場主に仔馬の役を与えられてから少しずつ甦った記憶があります。
我が子を救おうと親馬が果敢に池に飛び込む姿に私は在りし日の母を見ます。
いえ、正確には違います。私は私の姿にこそあのときの母を見るのです。
春にしては寒い日でした。
母は猛烈に怒っていました。
悪いのは私です。パン籠を抱えていたのは私なのに、籠に被せたスカーフが風で飛ぶのを押さえられず、池に落としてしまったのですから。
母は私にどうするのかと問いました。池の真ん中にスカーフはまだ浮かんでいました。長い棒でも届かなくて、母に取ってと頼むこともできなくて、私は困り果てました。
水に足を浸したのは止めてくれると思ったからです。泳げもしないのに何を考えているのだと。
でも母は、鼻で笑っただけでした。岸辺で腕を組んでいただけでした。
――溺れたのだと思います。なんとかスカーフの端は掴んで。
母が笑っていたのは私があまりに滑稽だったからでした。
母は毎週パンを買いに行くたびにスカーフを池に落とすようになりました。それを取りに行くことは私だけの役目でした。
母は私を殺したかったのでしょうか。
水面に漂う真っ白なスカーフ。水面に白い仔馬の張りぼてを浸しながら私は私の中の殺意と向き合います。
私は親馬が池に飛び込まざるを得ない状況を作ります。母がやっていたのもきっと似たことです。
母は私を愛していなかったのでしょうか。
私にわかるのは私が泳ぎを覚えた頃、スカーフは籠にしっかり結ばれるようになったということだけでした。
◇
牧場主は役に立ったとき褒めてくれるだけ母より優しいのかもしれません。最近はそんなことを考えます。
母に会いたい、家に帰りたいという気持ちは年ごとに薄れていくようです。帰っても喜ばれないという予感。ここでなら認めてもらえるという実感。二つの思いが混じり合い、私を作り変えるのです。
でもずっと牧場にいられるわけではありません。「女」になれば私もどこかへ売られるでしょう。
どうせ売り飛ばされるならまたあの人買いに買われたい。最近はそんなことを考えます。
奇妙でやけくそな信頼が私の胸に育っていました。本当に奇妙なことでした。
「また会おうねえ。死んじゃ嫌だよ」
人買いは私が死んだら泣くでしょうか。
少なくとも母よりは惜しんでくれる気がします。
◇
終わりは呆気なく訪れました。それも予期しない形で。
牧場主は言いました。どうもユニコーンを狩りすぎたせいで群れが移動したようだと。牧場にはもう十分に仔馬たちが集まったし、今後はここで一角獣を繁殖させると。
餌に注意していれば角の毒性は高まらず、ユニコーンも普通の馬を扱うのとさして変わらないそうです。私が要らなくなった理由を偽りなく教えてくれる牧場主はやはり母より優しいのかもしれません。
最近は女の子がまったく買われなかったので用済みなのは私だけでした。
牧場主の館にはあの人買いが来ていました。
滅多に立ち入ることのない牧場主の用務室で私は二人を眺めます。
いくらで売りたい、いくらなら買う。そういう話が始まるのです。
切り出したのは牧場主のほうでした。「銀貨二十枚でどうだ?」牧場主がそう尋ねると人買いはわずかに顔をしかめました。母には金貨を渡したのに、今はそんなに出せないという表情です。私は私で牧場外では自分の価値がどんなに下がるか見せつけられた思いがしてぎゅっと心臓が縮みました。
「多少発育は悪いが見栄えするし、年も若いし、破格だろう?」
「うーん」と唸ってみせるだけで人買いはちっとも財布を開こうとしません。きっと銀貨二十枚よりも高い値段で私を売りつけられる店が思い浮かばないのでしょう。男の人ばかり運ぶうちに娼館主とは疎遠になったのかもしれませんでした。
「なんだ? お前が買わないならほかの人買いに売っちまうぞ?」
牧場主のその言葉に人買いは「そうしておくれ」と頷きます。私がどんなにがっかりしたかも知らないで。
いえ、私にもわかっていました。人買いはただの他人です。利害がないから私を褒め、利害がないから面白がってくれていただけの他人です。
善意で仕事をしているわけでもありません。銀貨二十枚出せないのなら出す義理なんてありませんし、そもそも善意を重視するならほかの職に就いているはずです。
この人なら私を悪いところへは連れて行かないのではないか。
そんな期待は私が勝手に持ってしまったものでした。人買いにとって私は死ぬはずの牧場で生き延びた、単なる過去の売り物でした。
どうやら私はまたしても理屈をこねて自分を納得させようと心をねじ伏せているようです。
これは私の癖でした。生きていくために最初に備えた知恵でした。
愛されていない事実とほかにどう向き合えばいいのでしょう?
誰も自分を守ってくれず、側にさえいてくれないという過酷さと。
私は納得しなければなりませんでした。
何年もひもじい思いから逃れて私は幸運だったでしょう?
あの森で死んでいった子供たちよりずっと恵まれているでしょう?
だけどこれは詭弁です。私は今とても悲しいのです。牧場主も人買いも私をぽいと捨てるのですから。
人買いは部屋を出る前にくるりとこちらを振り向きました。そうしてこんなことを言いました。
「ねえご主人、その子は金貨で売ってやってよ。俺は絶対早死にする娼館しか知らないからさ。高級な宿に入れるように考えてやってほしいんだ。顔も頭もいいうえに性格だって真面目ときてる。お貴族様の気に入りになれるよ」
その瞬間、溢れ出た感情がなんなのか、咄嗟には掴めませんでした。
私はほとんど衝動的にポケットの糸切ばさみを握り、自分の腕を切りつけていました。
牧場主が目を剥きます。
人買いがドアを開けたまま硬直します。
赤い血がだらだら滴り落ちました。
用務室の窓の外には百頭以上のユニコーンが放牧されているはずでした。
「――私この人と行きたいです!」
動転した牧場主が端から鎧戸を締めながら「出て行け! 早く出て行け!」としきりに大声を上げています。人買いはあわあわしながら私の腕をコートでぐるぐる巻きにして「おいくらですか!?」と問いました。
「金なぞいらん! ユニコーンが暴れる前に早く牧場から消えてくれ!」
牧場主の叫び声は館中に轟いたようです。私たちは一目散に駆け出しました。金貨も銀貨も要求されては困りますから。
裏口から荷台に飛び乗り、牧場の風下を選んで私たちは遠くへ遠くへ老いたロバを走らせました。人買いはいつユニコーンの大群が襲ってくるか生きた心地がしなかったようですが、私のほうはへいちゃらでした。
人に慣れ、人の匂いを嗅ぎ慣れた仔馬たちは森に棲むユニコーンと目つきがまったく違います。彼らは人間を仲間に近しい存在と認識し、臭いを嗅ぎ取ると安心します。角から毒を抜かれたように、彼らはもう人の血には激しく興奮しないはずです。こんな風に牧場を逃げ出したくなったときのために、牧場主にはずっと黙っていましたが。
「あんたすごいねえ、お嬢ちゃん」
へろへろのへとへとになって人買いは言いました。
そう言えば起きているときに彼がこんなに長い時間喋らなかったのは初めてです。
くたびれ果てている人買いを見て私は今更迷惑だったのではないかと心配になりました。彼とてただで人間が手に入ったのだから悪くないとは思いますが。
私が謝罪し、売られていくまで大人しくしていますと告げると人買いは首を振りました。曰く、買った覚えはないからあんたは自由だとのことです。
私はすぐに彼の仕事を手伝いたいと申し出ました。人買いはしばらくぽかんとしていましたが、やがてワッハッハと大笑いし、最後にこちらに痩せぎすの右手を差し伸べてきました。
「俺はコリント。お嬢ちゃんは?」
「私はケートヒェン。よろしく、コリント」
私たちは握手を交わし、長いこと知らなかったお互いの名前を呼び、にこりと笑い合いました。
コリントは仕事仲間が増えるなら人買いはやめられるかもと嬉しそうです。それならどんな職に就きたいかお喋りするのはとても楽しいことでした。
カラカラと荷台の車輪が回ります。東の森が、牧場が、平原の彼方に霞んで見えなくなります。
私は愉快な気分でした。
初めてこのまま故郷も母も忘れていいと思いました。
◇
十八世紀。大陸西部のとある王国に現れた旅芸人の記録がある。男女二人組の話芸師は病弱な王フリードリヒがいかにして霊妙な薬と頑健な肉体を得たかつぶさに物語ったという。
時代とともに野生の一角獣は消え、畏怖も畏敬も過去の遺物と成り果てた。だから我々はユニコーンがまだ神の獣であった時代を懐かしむ。
歴史学者の研究によれば話芸師の一人、カトリーナ(愛称ケートヒェン)は実際にユニコーンと対峙した狩人であったらしい。好事家は敬意をこめて彼女をこう呼ぶ。ユニコーンの乙女、と。