【異世界人狼ダンジョン ~「やっぱりお前、人間だったわ戻ってきてくれ」と云われても、人狼の数が冒険者の数を超えましたのでもう遅い。このパーティーは全滅だ~】
ここは、当たり前に魔法という技術体系や、モンスターが生まれ続けるダンジョンというものが、当たり前にある世界。
人が生きていく上で、モンスターを狩り、血肉で飢えを癒し、その骨や皮で武具を作る以外にも、家屋の材料としてもしばしば利用されてきた。ダンジョンは、珍味から薬品の素材となる物、果ては、貴重な鉱物さえ眠る宝庫。
今や、人々の暮らしにモンスターはある意味、切っても切れないものとまでなったのだ。もちろん、襲い掛かってくるモンスターの中には、一筋縄ではいかない神話に登場するかの様な化物だっている。
対応を間違え、モンスターに滅ぼされた村や国もある。それでも、人は生きていくのだ。
この、命溢れる世界を。
──────…………【人狼ダンジョン】中層。
そこに、一組の冒険者パーティーが、キャンプをしていた。
「今日の大群は、少しヤバかったな」
焚き火を囲う冒険者の男が口を開く。
リーダーのマスクウェルである。主に、パーティー全体の指揮や、回復、バフ、デバフ、魔法攻撃といった、どのポジションの立ち回りでも一通りこなす。
「ああ、ただのゴブリンやホブゴブリンだけならまだしも、そこに、オークやハイオークまで混ざっていたからねえ」
マスクウェルの言葉にそう応じたのは、戦士メリンダ。燃え盛る紅蓮の炎の如き赤髪のアマゾネスである。
「ほんと……怖かった、です」
か細い声で呟くのは、修道服に身を包むヨハンナ。彼女は回復魔法で、主に戦士職の冒険者を癒すヒーラーである。
「まあまあ、そうは云っても、いい収入にはなったんじゃねえか?」
元盗賊のアルセーヌが云う。彼は、戦士の様な攻撃力もなければ、殴られれば3発も耐えられない程打たれ弱いが、攻撃を見切る能力が抜群に高く、攻撃を回避する事で、一時的なタンクの役割を担う。
他にも、モンスターの隠し持つレアな武具やらお宝を盗み出すといった軽業までやってのけるのだ。
「…………やっぱりハインが殺られたのはいたかったね」
魔法使いのコルネリウスが、ついにその事について触れた。
「…………!」
焚き火を囲う冒険者達に、緊張が走る。ちらり、と、コルネリウスはリーダーのマスクウェルを見た。
「……そうだな。今夜も『その話』をしようか」
マスクウェルは、神妙な面持ちで息を吐く。
「じゃあ、これより【追放会議】を始める」
【追放会議】……それは、同じパーティーメンバーである筈の仲間の1人を、ダンジョン内でパーティーから追い出す会議。
毎夜、このダンジョンでは、ある一定の条件を満たした冒険者パーティーが、この会議を開き、一晩につき1人、パーティーから仲間を1人追い出している。もちろん、そんな事を無意味にやっているわけじゃない。
彼等は、自分達の身を守る為にそれをやっているのだから。
2日前。
モンスターからの攻撃を一手に引き受けるタンク職の大男、ハインがキャンプで死んでいた。他のパーティーメンバーは、各々テントで休んでおり、見張りは彼1人であった。
ダンジョン内では、不意にモンスターに夜襲をかけられる事があるから、これは仕方ない。仕方ない、が。
彼はただ単に、モンスターにやられたわけではない。人狼だ。
彼は、人狼に食い殺されて絶命していた。
ここは【人狼ダンジョン】。
稀にある事になるのだが、ダンジョンに挑む冒険者パーティーに、人狼と呼ばれるモンスターが混じり、夜な夜な冒険者を1人、貪り食らう。冒険者にとって、人狼はなかなか手強く、1対1ならば、まず勝てないとさえ云われている。
戦闘中か、寝ている間にキャンプに忍び込み、冒険者を食い尽くして姿形そっくりに成り代わる化物……それが、人狼。
食った相手の記憶や強さ、口癖や手癖まで、完璧に擬態をやってのける。やってのけてしまう。
故に、冒険者達は、パーティーの中に、人狼が紛れていても、すぐには気付けない。人狼が、『食事』を行うまでは。
成り代わった後は、人間1人丸々食らうだけの胃袋の容量がないのか、はたまた、『狩り』を楽しんでいるのかは分からない。
分からないが、死体を残す。食べ残しという形で。
人狼の毛皮や爪、牙、骨まで、高く売れる。だがしかし、ダンジョンで人狼に遭遇する事自体、避けたいものだ。
何せ、うっかり正体に気付かないまま、ダンジョンの外へでて村へと連れ帰ろうものなら、その村は、冒険者に化けた人狼の舌の上に乗ってしまうのだから。
そういったリスクを避ける為にも、人狼の襲撃が発覚した次の夜からは、冒険者パーティーは、【追放会議】を行う。人狼と思わしきパーティーメンバーの1人を、パーティーから追放するわけだ。
時には、その場で殺す事だってある。その場合は、処刑といった形になるわけだが。
しかし、果たしてどちらがマシであろうか。
モンスターが跋扈するダンジョンで1人、冒険者のコミュニティから追い出されるのと、苦楽を共にし、命さえ預けた仲間達から殺されるのとでは。
昨夜も1人、パーティーメンバーを追放した。道化役者という職業の冒険者で、ジェスターという名前だった。
正直、戦闘においては、完全に邪魔でしかなかった。
戦いの最中に、砂遊びを始めたり、蝶々を追いかける事も珍しくない。マスクウェルとしても、何故、彼をパーティーに入れたのか、さっぱり理由が分からないくらいだ。
いや、一応、パーティーの休憩中なんかに、大道芸を披露して、パーティー全体のストレスを下げてくれたり、気が向いた時には力が漲る料理を作ってくれたり、一晩でパーティーメンバーの武具をダンジョンで仕上げとは思えないレベルでメンテナンスしてくれた事もある。
ただまあ、ぶっちゃけ、ダンジョンに潜るのに、絶対に必要かと問われれば、そうでもないかな、と。そんな理由から、彼はまず、一番最初に追放される事となった。
「イエェェアアッ!」
と、その時もよく分からないテンションで、彼は小躍りしながらキャンプから去っていったが。
さて、話を戻そう。【追放会議】である。
「今夜、追放するのは、アルジャーノンにしようと思うのだが」
「な、ん、でだよっ!」
選ばれたのは、商人のアルジャーノン。
「いや、要らんだろ商人。戦闘弱いし」
目利きという技能から、商人は重宝されている。人型モンスターが武装した時に、価値ある武器を落としたりするのだが、それを見極めてくれるのだ。
ゴミなら捨てて、結果、荷物は少なく、高額買取してくれそうな品ばかりが手元に残る。
武具や宿屋といった施設の値段交渉まで、商人はやってくれるのだ。決して、お荷物なんかではない。
「でも戦闘力ゴミなんだよなあ……道化役者よりかはマシってだけで」
「待ってくれ! 俺がいると戦闘終了後に、金目の物を普段より多く見付ける事が出来るし、なんなら、モンスターの宝箱を盗めるぞ」
「それはもう盗賊なんよ。アルセーヌで間に合ってる」
「そういうこった」
「そんなあああ!!」
こうして、商人は追放された。
「………………」
翌朝、アルセーヌの変わり果てた姿が、テントに残されていた。
「まいったな。盗賊がいないと、鍵のかかった扉や、宝箱はどうしたらいいんだ」
マスクウェルが頭を抱えるが、違う、そうじゃない。そこじゃない。
また、犠牲者が出た。人狼はまだ、この中にいる。
息を潜めて。
「初日にハインを失ったのが本当に痛いな」
ハインはタンクだ。不意を衝かれさえしなければ、人狼の襲撃に耐える。
パーティーに、タンクさえ残っていれば、死なせたくないパーティーメンバーと同じテントで警護してもらう事も可能だったのに。
尤も、守ってる相手こそ人狼だった場合、食われるのはタンクになるわけだが。
「というわけで、悪いな、コルネリウス。お前、追放だ」
その日の夜は、魔法使いの男を追放するという結果となった。
「何故だ。私が居なければ、広範囲の敵を殲滅する魔法を放てる者がいなくなるぞ?」
「いや、よくよく考えたら、うちのパーティーには、賢者のアイリーンがいるから、お前のアイデンティティーなくなった。攻撃魔法も回復魔法も使いこなせるとか、最高じゃん」
「わ、私は昼夜を逆転させる魔法を使えるぞ!」
「…………ダンジョンで何の役に立つんだよそれ」
「ちくしょうがああああああああッッッ」
そうして、このダンジョンでは、どんな大所帯のパーティーでも、帰る頃には3人しか残っていなかったりするのだ。
追放され、または、食われて。
途中で引き上げるにしても、翌日の死体発見がなくなり、人狼を追放できたのだと確認が取れるまでは、そうはいかない。それに、何故か【人狼ダンジョン】では、ダンジョンで過ごした日数が長い程、そして、パーティーメンバーの数が少ない程、モンスターから得られる資源は、貴重なものへとなっていく。
引くに引けず、されど、このまま数が減る度に、自分の取り分も増えていく現状。冒険者パーティーが、ダンジョン内で疑心暗鬼となり、殺し合いの果てに全滅したというのは、この世界では珍しくもない。
1週間後。
「るんたったー♪ うんたったー♪ るんたったー♪ るん♪」
【人狼ダンジョン】を、道化役者の男がスキップしていた。もはや、このダンジョンで1週間以上も独力で生存したのなら、このダンジョンは自分の庭も同然。彼は、追放されてからというもの、一度たりともモンスターから襲撃される事がなかった。
なんという、幸運であろうか。いや、豪運とさえ云ってもよいだろう。
道化役者の特性の中には、こういった、説明のつかないミラクルを連発する事がある。
かなり稀だが。
「あ」
「あら」
「ジェスター……!?」
彼がダンジョンを、もはや日課となったお散歩をしていると、懐かしい顔と再会した。
「お前、生きて…………そうか、死んでなかったのか」
そう云う、かつて、ジェスターが所属していた冒険者パーティーのリーダーは、複雑そうな表情をしていた。
「な、なあ、手を貸せよ、ジェスター」
そう云って、マスクウェルは、パーティーメンバーへと剣を向ける。
「やめて、やめてよ……どうして、そんな酷い事をするの?」
「うるせぇッ! 口を開くなけだものが!!」
マスクウェルが剣を向けているのは、ヒーラーであるヨハンナ。彼女は、酷く怯えている様子である。
それもその筈、2人の間には、死体が一つ。
サメにでも襲われたのか、見るも無惨に食い散らかされているではないか。
「この女だッ! この女がやった!」
「違います! 主に誓って、私はやってません」
「黙れ……薄汚い人食い狼め」
マスクウェルは、ヨハンナが人狼だと主張している。ヨハンナは、自分は違うと主張している。
「…………ええぇ」
どちらかの主張を信じ、どちらかの側に付けという流れだ。
ジェスターとしては、自由気ままにやってきて、今の生活にも満足しているというのに。
結局、あれからも人狼の被害は治まらず、パーティーはここまで数を減らしてしまった様だ。
疑いは、憎しみへ。マスクウェルとヨハンナは、資金さえ貯まれば、冒険者を引退して、王都でパン屋を開くのだと、夢を語っていた。
誰が見てもお似合いの、最高のカップル……………………だったのに。欲に駈られて、命の数を減らす。
全く、度し難いものである。
「おい、あの女が人狼だ!」
「違います……違いますっ! 信じてください!」
「早く手を貸せよジェスター!! 一緒にあの化物を殺すぞ!
てめぇはこっち側だろうが」
「お願い……!! 信じて」
ああ、今日もどこかで。
数時間後。
「助かりました、本当に。あなたが来てくれてよかったです」
道化役者とヒーラーが、ダンジョンで焚き火の前で腰を降ろしていた。鍋には火がかけられ、もうすぐ料理が出来上がるだろう。
道化役者の手を、隣に座るヒーラーがそっと握る。
「とても1人では食べきれませんから」
彼女が笑う。美しい笑顔だった。
────そう、人狼は2人いたのだ。
今日もどこかで、人狼が誰かに成り代わる。
GGお疲れ様でした。