第八話:遠足
クマッチョ以外のクラスメイトと、メイメイ以外の女子と休日に遊ぶのは初めてのことなので、少し落ち着かなかった。やって来た木田と湯原、メイメイは年頃の女の子らしく、可愛らしい服装に身を包んでいて、粗雑な格好で来なくてよかったと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、行こうか〜」
制服からカジュアルなベージュのスカートと白いブラウスになっても、湯原の間延びした話し方は変わらないらしい。木田とメイメイは互いに怪訝そうな視線を投げ交わしている。
メイメイを二人に紹介した後、先頭に立たされ、待ち合わせの駅前から一路幽霊森を目指す。
往来を行く人々がこちらに訝しげな視線を投げかけて、すれ違っていく。
昼間の森は、いくら薄暗いといっても夜のそれと較べると格段に視界は開けており、数十メートル先も問題なく見える。だから彼女達が満足する行程がいかほどのものかは、計りかねるが、午前中には終わるものだと思った。
「なんでアンタそんなにスイスイ行けるのよぅ」
少し後方から、いつもの元気を幾分なくした湯原の声が聞こえる。後ろを見遣るとその言葉が彼女だけではなく、三人の総意だということに気付いた。皆慣れない獣道に七苦八苦、疲労困憊といったご様子で、のたのたとおぼつかない足取りで歩いている。
「運動不足じゃないか?」
内心、言われて違和感を感じていた。今回以外はこの獣道を夜中歩いたのだ。もっとそれこそ彼女達のようにバテバテになっていてもおかしくない。考えてすぐに白い馬の優しい笑顔が脳裏に浮かんだ。彼女が細工をしてくれたのかもしれない。
「ちょっと休もうよ」
メイメイが汗で額に張り付いたセミショートの髪を掻きあげながら言った。
五月の陽気と、多湿な森の空気で三人はくたくたになって、荒い息を整えている。
俺はリュックから魔法瓶と紙コップを取り出して、皆にお茶を配り始めた。
「用意がいいね」
木田が前屈みになって紙コップを受け取る。上気した頬と、屈んだ拍子に服の隙間から見えた下着に、慌てて目を逸らす。逸らした先で、メイメイのジト目に遭遇した。
「コーヨー!私にも頂戴」
俺がへいへい、とコップにお茶を注ぐと、メイメイはそれをひったくるように掴んだ。
そんなメイメイもよく見ると、少し着崩した服と桜色の頬が何とも色っぽく映った。
よくよく考えると、三人とも性格はともかく顔立ちだけは中々のもので、そんな三人と休日にハイキングを楽しんでいると取れなくもない。今更ながらに役得なのかな、と思った。
最初こそびくびく進んでいた三人だが、俺があまりに淡々と入り込んでいくものだから、中盤以降は怖がった様子もなく、思っていたより三十分ほど遅れて、一行は俺が目印にしているケヤキの前までたどり着いた。天を仰ぐと覆い被さるように生い茂った木の葉の隙間から確かに日光が降り注いでいて、俺は少し目を細めた。
「しかし、な〜んにも出ないなあ」
湯原が洋服が汚れるのも気にせず、その場に座り込んで言った。退屈そうに落ちている小枝を手でいじくっている。
「帰ろうか?」
木田が駄々っ子をあやすように、湯原の気難しい顔を覗きこむ。彼女としては承服しかねるが、これ以上額に汗して骨折り損をするやも知れない事態も避けたいと言ったところか。
勝手だな、と思った。何か出てきたら出てきたで、真っ先に逃げ出すタイプだろうなとも思った。悟られないように、湯原の背後で渋面を作るメイメイも俺と同意見に見える。
「まあ…帰ろうか」
埒があかないからそう言った。湯原が眉を顰めて俺を見る。まるで何もなかったのは俺のせいだと言わんばかりだ。
「何もないって言ったろ?」
「そうだけど…疲れたよ〜。コーヨー君おんぶ」
何で俺が、と言いかけた頃には既に湯原は俺の背後に回っていた。
「ずるい!私もおんぶ」
メイメイが非難の声を上げて、湯原と睨み合う。
結局二人だけでは不平等だからと、木田を含めた三人を十分ごとに代わる代わる背負って帰ることになった。メイメイを背負ったとき、背中から「お人よし!」と怒られても何も言い返せなかった。