第七話:promised two
今週の土曜日に、俺主催でもないのに俺主導の幽霊森観光ツアーが催されることになった。
湯原はもう一人知り合いが来ると言っても、土曜日のことで頭が一杯なのか上の空といった感じで、木田も深くは追求してこなかった。
「というわけだから、クマッチョも来るか?」
人数が増えるのはメルヘルに申し訳ないが、クマッチョだけ仲間はずれにするのは違う。
クマッチョは興味なさそうに、ぽりぽりとお尻を掻いた。
「僕はいいよ」
四人で行っておいで、と力なく笑いながら答えた。
当初に較べると、大分森に対する恐怖心も薄れてきたのを自覚する。
メルヘルがいるからかもしれない。単に慣れただけなのかもしれない。
とにかく、三回目の幽霊森散策は過去二回に比べて格段にスムーズに進行していき、一時間とかからずに夜闇の中、目的地であるメルヘルの寝床に到着した。今日はお出迎えはなかった。
相変わらずぼんやりと白く発光する馬を遠目に捉えて、何だか嬉しくなって駆け寄る。
「こんばんは。またお休みのところごめん」
「構いませんよ」
メルヘルは俺に心地よい言葉と笑顔を変わらず向けてくれる。予定調和のように謝って、それを許してもらう。まだ肌寒い五月の空気の中、心が温まるのを感じた。
「今日も何か御用ですか?」
「…うん。実は昨日言っていた人数にもう一人加わることになっちゃったんだけど」
許してもらえる…とは思いながらも、やはり心苦しかった。
「どのような方ですか?」
メルヘルが顔を近づける。大きな動物特有の肺活量の湿った息が俺の顔にかかった。
あったかいな、と心をくすぐられながらメイメイについてかいつまんで話した。
「微笑ましいですね、メイメイは」
言葉通りメルヘルがいつもの優しい笑顔を見せた。だが俺はその言葉には納得しかねる。
「…どこが?何考えてるかわからないよ」
いきなり自分も連れて行けだなんて。小学校のとき肝試しで腰を抜かしたメイメイを、負ぶった記憶が蘇る。本当にどうしてついて来たがったのか。
「わかりませんか?」
「…全然」
話を聞いただけでメルヘルは何かわかったようだが、クスクスと含み笑いをするだけで、何を聞いてもその件については答えてくれなかった。
メルヘルが許可してくれたので、俺は干草の上に大の字になった。
しばらく二人とも何も言わず、乾いた草の感触を楽しんでいた。そうしていると、本当に心が落ち着くのを感じた。メイメイのことは口実で俺は単にメルヘルに会いたかっただけなのかもしれない。
「コーヨーは義理堅いんですね」
不意に口を開いたメルヘルを見上げると、やはり頬を緩めて優しい目をしていた。
「母さんが生きてた頃にさ…聞いたことがあるんだ」
ほんの一瞬メルヘルが寂しそうな視線を干草に落とした。俺が悪さしたときの母さんの仕草に似ている。
「どうして父さんと結婚したの…って」
「それで?」
「父さんは約束を必ず守る人だからって、母さんは答えた……そして俺に言ったんだ。約束を守ることはそれ自体が相手への約束なんだよって。これからも貴方のことを大事にしますっていう約束。当時の俺には何のことかよくわからなかったけど」
そのときのことを今でも鮮明に覚えている。きっと母さんが教えてくれた、最初で最後の人生の訓示。
「…良いお母さんでしたね」
メルヘルがいたわる様に、俺の髪を浅く噛んだ。ちょっぴり涙が零れて、恥ずかしくなって、目に腕をかぶせた。