第六話:真っ直ぐな心
「遅かったな」
家に帰ると父さんが居間で、テレビを観ながらビールを飲んでいた。父さんは仕事人間というほどでもないが、日付が変わる前に帰ってくるのは珍しいことだった。
「…うん、ちょっとね。父さんは今日は早いんだね」
「ああ、仕事が早く終わった。たまには…な」
父さんがテレビの音量を下げる。たまには、息子と話そうと思ったのか。
「ねえ。もし…もし母さんが生きてたら」
父さんが緩慢な動作で俺のほうに首を回す。くたびれたスーツと白髪頭に口を噤んだ。少し顔を合わさない内に老けたんじゃないか。
「…ごめん、何でもない」
「母さんのこと…思い出したのか?」
父さんが寂しく笑う。父さんが本当に心の底から笑っているのを、最後に見たのはいつのことだろう。
「……よく似てる人と知り合ったんだ。何ていうか雰囲気とか」
「そうか」
父さんにも会わせてみたいと思った。そしたらまた楽しそうに笑ってくれるような気がした。
正式な役職かは知らないが、クマッチョはクラスで育てている植物の世話係となっている。そもそも動植物を可愛がるクマッチョの人の良さにつけこんで、クラスの連中に体よく押し付けられてしまったものだが、彼自身嫌がるどころか喜んでいるので、俺としても口を挟むことはしなかった。つまりクマッチョは人より早く登校し、植物に水をやる。
そのことが意味するのは、朝メイメイを中学校まで無事に送り届けるナイトの役は俺一人ということだ。それが今年に入ってからの俺達幼馴染三人の朝の常態。
「だから、幽霊森に入りたいんだとさ」
俺はメイメイに、昨日の続きとばかりに釈明まがいの説明を延々と強いられていた。
「コーヨーは人が良すぎるから、利用されるんだよ」
メイメイはまだ不機嫌らしく、俺と目を合わさずに前だけを向いて歩いている。
「そうかなあ?そんなに悪いヤツラには見えないけど」
少なくとも木田は友達に同調しただけで、利用しようなんて魂胆は見えなかった。
メイメイが立ち止まって、こちらをやっと見た。不満そうなジト目だ。
「じゃあ私も連れてって」
「何がじゃあなんだよ?」
「いいから連れて行きなさい」
「…意味がわからない。何でお前まで行きたがるんだ?」
「その二人を連れて行けて、私は連れて行けないって言うの!?」
滅茶苦茶だ。俺は何故行きたいのかを聞いているのに、いつの間にか論点がすり替わっている。だけどこうなると、メイメイはこちらが首を縦に振るまで退かないことは経験上俺が一番良く分かっている。
「わかったよ。連れて行くよ」
ややこしいことになったぞ、と心の中で溜息を吐いた。