第四十九話:夢で遭えたら
どこに行ってしまったんだろう。
俺は白い馬を追いかけていた。あれはきっと母さんだ。キレイな毛並みと、どことなく気品を感じさせる白は母さんのイメージにぴったりだ。いや、そんな理屈抜きにあれは母さんなんだ。
本当にどこに行ってしまったんだろう。
暗い路地裏を歩いている。ああ、この景色は…。
俺が小さい頃、母さんと喧嘩をしてしまって、家を飛び出したときのままだ。
テレビゲームをやっていると、母さんが掃除機をかけ出して、誤ってゲームのアダプタをコンセントから抜いてしまったんだ。それでデータが壊れてしまって…。
そんなつまらないことで、俺は母さんを怒鳴った。母さんは誠心誠意謝った。
俺は許さなかった。悲しそうな顔で俺に謝る母さんに……ひどいことを言った。
ゴメン。母さんごめんなさい。
出てきてよ。こんなのってないよ。俺が悪かったよ。でもいなくなるなんてヒドイよ。
ごめんなさい。ごめんなさい。もうあんなこと言いません。
店の裏口から出されたものだろうか、残飯や人の吐しゃ物がアスファルトにこびりついている。これらは俺だ。俺の汚い部分だ。理由もなくそう思うと、俺は地面をなるべく見にようにした。
暗い路地裏をなおも歩き続ける。一向に景色が変わらない。終わりが見えない。
母さん、どこに行ったの?
白い光に包まれている。
暖かい。気持ちが落ち着く。誰かに抱きしめられているような…。
いつの間にか、路地裏なんてどこにもなくて、俺の目には白い壁紙が映っていた。
俺の部屋。この景色もわかる。俺は母さんを亡くしてからしばらく、学校から帰って来ては何をするでもなく、ベッドに横たわってずっと壁を眺めていた。
振り向いた。
母さんが俺を抱きしめている。優しい笑顔。俺にホットケーキを焼いたり、宿題を見てくれたときにしていたような、見慣れた、また見たいと願っていた笑顔。
母さんは何も言わずに、俺を背中から抱きしめている。その体が、顔が、ぼんやりと白く光っている。
次の瞬間、母さんは白い馬に変わった。
あの幽霊森だ。干草の上に立っている。白い馬と俺は向かい合っている。
俺は何も驚かなかった。白い馬は変わらず、何も変わらず優しい笑顔をたたえたままだったから。
馬が小さく動いた。俺に近づいて、頭に鼻をこすりつけてくる。母さんが頭を撫でているんだ。そう思った。
「コーヨー」
確かにそう言った。俺の名前を呼んだ。声は聞こえなかった。だけど、俺の頭の中には届いた。
「コーヨー、あなたは生きてね」