第四十六話:熊野芽衣~デート~
湯原はあの後は、借りてきた猫とまではいかないが、一緒に寝ようなんて戯言を吐くこともなく、大人しく別々の場所で眠り、翌日には渋々ながら自宅に帰って行った。
ゴールデンウィークも後半に差し掛かり、俺はやっと休暇らしい休暇を満喫していた。
駅前に新しく出来たというショッピングモールをメイメイと一緒に見に行くことになっていた。
正午にグランドオープンを控える大型の建物の周りには、沢山の人が思い思いの格好で開場を待っていた。学校で見知った顔も見つけ、時間潰しには困らなかった。
少し手持ち無沙汰になった頃、約束の時間から十分ほど遅れてメイメイがやってきた。
「ゴメン、待った?」
カジュアルな格好に、薄く引いたルージュが何とも可愛らしい。その唇が、何着て行こうか迷った、と遅れてきた理由を紡いだ。
「いや…。まだ開いてないし、いいんじゃないか?」
顎で人の波を指した。皆物好きだなと付け足すと、メイメイが少し怒る。
「初日は色々お買い得なんだよ!」
ひらひらと手の平を振って矛先をかわしていると、人の波が一列に並んで動き出した。
「十二時になったみたいだね」
左手の腕時計を見せてやると、メイメイは嬉しそうに笑った。
真新しい建造物独特のシンナーの香りを鼻腔に溜めながら、あちこち視線を向けた。
全面ガラス張りの天井から降り注ぐ日光を浴びながら、夏休みの市民プールよろしく、人でごったがえした屋内を歩いていった。服屋や雑貨屋、食事処。様々な店が軒を連ねている。
「はぐれるといけないから手繋ぐか?」
メイメイの返事も待たずに、俺は彼女の右手を掴んだ。そんなことをしている間にも我先にと俺たちを抜かしていこうとするおばさんと肩がぶつかった。
「何を買うつもりなんだ?」
手を掴むと、顔を俯かせたきりのメイメイに視線を戻した。柔らかそうな髪の毛の生え目、小さなつむじを見つめる。
「え?えっと…。服とか…」
あまり明確なプランはないらしい。きっとメイメイも暇だったんだろうな。顔を上げてキョロキョロと視線を泳がすメイメイの頬は少し赤かった。
「コーヨー、趣味悪いよ!」
ケタケタと笑い声混じりに、メイメイが俺の右手にあるTシャツを見ながら言った。
しゃれこうべの下に肋骨がクロスしていて、毒キノコがそれを支えている。そんな絵柄。俺のイメージとはそぐわないかもしれないが、柄自体はカッコイイと思ったのだが…。
「そんなん着ないでよ?」
笑顔が一転、真顔で否定されると自信がなくなってくる。仕方なく元あった場所にそのシャツを戻した。
「俺のはもういいだろう?お前の見ようぜ」
そもそも誘ったのはメイメイだし、服を見たいと言ったのも彼女だ。なのにどうして俺のセンスがやり玉に上がる事態になっているのか。恨みがましい視線をメイメイに向けると、彼女は乾いた笑い声を残して、女物のコーナーに走っていった。
「どうかな?」
メイメイが試着しているのは赤と黒のチェックのスカート。メイメイより少し上の年代を対象にしているものにも見えたが、くるりと一回転して見せるメイメイは十分に可愛らしかった。
「いいんじゃないかな。よく似合ってる」
俺の口からは、月並みだがそんな言葉が出た。
「彼氏さんも喜んでくれてますね」
大学生くらいの年のファンキーな格好をした女性店員がそんなことを言った。メイメイの接客をしていた店員さんだ。商売人らしい人懐っこい笑顔を浮かべている。
「彼氏…。私これ買います!」
メイメイが突然大きな声を出すものだから、店員さんは目を丸くしていた。