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第四十五話:湯原早紀~居ていい場所~

「これじゃあ、滝行だよ…」

外は大雨だった。マシンガンのように降り注ぐ雨粒が俺の全身を打つ。しっぺをされているように痛かった。辺りを見回した。

灰色の雨雲が空一面を覆い、この世が終わるのではないかと思う程暗い。明かりと言えば、ポツポツと街灯の光が鈍く光っているだけで、人っ子一人見当たらない。

「湯原はどこに行ったんだろう?」

何か喋っていなければ、挫けそうだった。その声さえ雨音にかき消されて、俺の耳に半分も届かない。

蘇るのは湯原の顔。湯原の声。

私が家族を作るしかないじゃん…。私はあんたのこと…。


俺は一度頭を振って、ある場所に向けて走り出した。



雨の降りしきる夜、小さな公園はいつも以上にちっぽけに感じられた。以前湯原と訪れた公園。

遊具は多くはなく、敷地も一軒家ほどの空間。まるで闇の中に取り残されたように希薄な存在感。

湯原がブランコに座っている。

雨に打たれるまま。多分に水分を含んだ髪が目まで掛かっていて、公園の入り口からだとその表情を窺い知ることは出来ない。胸が締め付けられるようだった。

彼女がここで、こうしているのを見るのは初めてじゃない。だけど…。

彼女を子供みたいだと思うことは初めてじゃない。だけど…。

彼女がこんなに弱弱しく見えるのは初めてだった。

このまま雨に打たれていると、そのうち立ち消えてしまうんじゃないかと…。そんな錯覚さえ覚えた。

泣いているんだろうか。誰もいない夜の公園で、一人雨に打たれながら泣いているんだろうか。

「湯原!!」

いつの間にか、俺の視界は彼女しか捉えていなくて…、その姿目掛けて一直線に走り出していた。

湯原は俺の声が聞こえたのか、一度ぴくりと体を動かしたが、顔を上げることはなかった。

俺は彼女のほんのすぐ手前、顔が見える位置で止まった。ぐじゅっとスニーカーが泥に食い込む音がした。

「……」

「……」

ここに来てようやく、彼女に何を話すかを全く考えていなかったことに気付いた。どうしようもなく重い沈黙が二人の間に横たわった。何か話さなくちゃ。この子の顔を上げさせるような、何かを。

でも何を?

彼女が望む言葉は……。

「コーヨー…。さっきはゴメン」

蚊の鳴くような…、ほとんど雨音に掻き消されそうな、そんな声量だけど、湯原は確かにそう言った。

彼女が声を発して、それが俺の耳朶を打つ。それだけでも雨の中走り回った甲斐があった。

そんな当たり前のことが本当に尊いことのように思えた。

「いや…その、俺の方こそゴメン」

もっと気の利いたことを言えないのか。もっと彼女の気持ちを汲むような。

「コーヨーの言うとおりだと思う…。あの時の私は恋愛感情なんかじゃなくて…」

「……」

「私の居場所がどこにもないような気がして…。奈美の家にはきちんと家族がいて、カナミの家も、ミッチーの家も、シマノッチの家も……」

誰が誰だとも分からないまま、俺は湯原の言葉にただ黙って二、三度頷いていた。皆彼女の友達だろう。

そして誰も彼女を受け入れてあげれなかった。もしくは彼女のほうから遠慮した。

「だから、俺の家に来た…」

コクリと湯原の頭が縦に揺れた。

「家出なんてするもんじゃないね…。皆私のことどう思ってるか分かったよ」

湯原の声が微かに笑っているように、揺れた。きっと俯いたままの顔は、諦めたように笑っているんだ。

「コーヨーだけが泊めてくれた。居てもいいって言ってくれた。だからかな…?甘えちゃったんだよ」

俺はいつのまにか、後ろ手できつく握り拳を作っていた。女の子一人ろくに甘えさせてやれない、受け入れてやれない…。そんなに自分は狭量だったのかと思うと情けなくて仕方なかった。

湯原はここを追い出されたら行くアテがないと言っていたじゃないか。

父親への不満を、母親への思慕を、吐露していたじゃないか。

もっと上手く、傷つけずに、優しく諭してやれば…。

今からでも間に合うだろうか。

「なあ、湯原…」

「コーヨー…。もういいよ。今は…。来てくれただけでも嬉しかった」

そう言って湯原は、ゆっくりと顔を上げた。赤くなった目と黒い髪が張り付いた頬。

いつもと違った雰囲気の湯原は、不謹慎にも妖艶に見えた。



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