第四十一話:熊野誠司〜友〜
俺はかけがえのない友を得た日のことを、かけがえのない友の部屋で思い出していた。
ふと時計を見遣ると、既に午後八時を回っていた。そろそろお暇しないといけないな、と思いながらも、プラモデルの最後の行程に取り掛かる友人の背を見ていると、中々腰が上がらなかった。接着剤が乾いた後、その上から塗料を塗るらしい。部屋にはシンナーの匂いが充満していた。クマッチョは俺がいることなど忘れたかのように、一心不乱に机に向かっている。
心地よい沈黙。気を許した者同士の気の置けない静寂。
だがそれも、そろそろ退屈になってきた。俺は木田から借りた本を読み終わっていた。
主人公が、不思議な馬から出される無理難題をこなしていく先に、カタルシスを見出すと言うエンタメ作品。それなりに面白かった。
「そろそろ出来そうか?」
クマッチョの背後から肩に手を置き、机の上を見た。血のように赤い体色をしたロボットがこちらに顔を向けている。クマッチョは突然声をかけられたのに、さほど驚いた風ではない。どうやら俺が部屋にいることも憶えていたらしい。
「うん…。あとは塗料が乾くだけ」
クマッチョが机の上にある小さな小瓶にフタをする。赤い塗料と、薄め液。
「カッコイイでしょう?」
「そうだね…」
本当言うと少し毒々しい。クマッチョはそうでしょう、と喜んでいた。
「あの時何で助けようって思ったの?」
クマッチョが唐突に言った。新たな部屋の装飾を本棚の上に飾ろうと、こちらに背を向けたまま言った。
「あの時?」
柏木たちの一件か。もう言ったろう、と口を開きかけると、クマッチョが機先を制した。
「そうじゃない…。幼稚園のとき」
俺は泡を食ったように固まった。クマッチョの丸い背中を見つめる。
感慨深いものがあった。
てっきりプラモデルに夢中になっているものと思っていたが、もしかするとクマッチョも俺と同じように、意味もなく時間旅行をしていたのかもしれない。しかも同じ時間を追憶していた。そう思うと、俺は少し頬が緩んだ。
「高山君だっけ…。中学受験で引っ越してった」
彼にいじめられてたじゃん、僕と他人事のようなクマッチョの声音。
「今は友達だから、助けてくれるんだろうけど、あの時は初対面だったじゃん…」
クマッチョは丸い腕を伸ばしてやっとこさ、本棚の上にプラモデルを置いた。ふうと小さく息を吐く。
「お前がメソメソしてたからじゃねえか?」
「ヒドイなあ……。実際その通りだけど」
振り向いたクマッチョは既に苦笑いを顔に浮かべていた。
「冗談だよ…」
俺もつられて苦笑い。
「じゃあ、何でなのさ?」
今の言い方がメイメイに似てるな、なんて関係のないことを思った。クマッチョは難解なパズルにでも遭遇したように、すっかりお手上げムードを漂わせていた。
「さあね……。忘れたよ、そんな昔のこと」
何なんだよ、と不満顔のクマッチョを見ていると、「学生時代の友達はいいもんだ」という父さんのジジくさい言葉が頭の中でリフレインした。