第三十九話:熊野誠司〜もっと〜
夕食を終えて、俺はクマッチョの部屋のカーペットに寝転がりながら、木田に借りた本を読んでいた。今まで気にしていなかったが、クマッチョの部屋の本棚には数冊の小説、哲学書があった。死について考察しているタイトルの本があって、俺は先日のクマッチョと柏木たちの件を思い出す。
「本なんか読むようになったんだ?」
部屋の主のクマッチョは、いつもと違う行動を取る俺を眉を寄せながら見ていた。初めて自転車に乗る子供を見守る親のような顔だ。
「木田に小説を借りてさ…。昨日は何もなかったのもあって」
気が付くと日付も変わり、昨日床に就いたのは午前三時を回った頃だった。
「ふうん…。まあいいけど、芽衣には伏せといてよ?」
クマッチョは含みのある言葉を吐きながら、自分の机にまた視線を戻した。彼の好きなアニメに出てくるロボットのプラモデルを組み立てているらしい。
「何でだよ?」
「何でもだよ」
何のこっちゃ。
わかったよ、と生返事を返して、俺も再び本の世界に埋もれていった。
クマッチョが大きく伸びをして、俺を見ている。どうやら彼の方は作業に一段落着いたらしい。横顔に視線を感じるので、仕方なく顔を上げる。
「そう言えばさ……柏木君達は、初犯ってこともあって停学で済んだらしいね」
クマッチョからはなるべく他人事のように、軽く言おうとしているのが伝わった。不自然に自然な表情を、何となく俺は見てはいけないような気がして、目を伏せた。
「思えば馬鹿だったんだと思う」
「何がだ?」
俺も自然に、世間話を聞くように、本に視線を残したまま聞いていた。
「…もっと強くならなきゃいけないよね」
空手部にでも入るのかなんて、茶化せる雰囲気じゃない。彼が言っているのは心の話だということは分かっていた。でも俺から見れば、クマッチョは十分に強いと思う。少なくとも俺なんかよりはずっと。だから、そうだねとも軽々に言えなかった。
「僕のお小遣いを渡してる分には…少なくとも誰も傷つかない。そう思ったんだ」
「それは違う…」
俺は遂に顔を上げてしまった。案の定クマッチョは寂しそうな笑顔を浮かべていた。そんな顔が見たくないから顔を伏せていたのに…。
「そうだね。違った。少し考えたら分かることなのに…」
クマッチョはそんな笑みを強くして言った。
「僕はいじめられてばっかりだね」
「そんなことも…」
ないとは言えない。クマッチョはよく悪い連中に目を付けられる。大人しくて人畜無害、気が弱くて押しにも弱い。苦笑するクマッチョは俺の浅い気遣いを気にした風でもない。
「いじめられ慣れてるんだから、いい加減学習しないとね」
俺は何と返していいかもわからず、ただただクマッチョの苦笑を見つめていた。
「もっと賢くならなきゃね」
そう言って締めの言葉としたクマッチョが、キャスターのついた椅子をすっとすべらせると、机上に完成したばかりのプラモデルが見えた。赤い機体。ギミックのついた両腕、両足は臨戦態勢。あとは接着剤が固まるのを待つばかりだというのは、明るくない俺にもわかった。