第三十七話:木田奈美〜母の想い〜
木田の家は古くもなく、新しくもなく、大きくもなく、小さくもなかった。
木造の築十年前後、俺の家と同じくらいだとあたりをつけた。庭には白いペンキで塗られた犬小屋が見える。中を覗くとちょっと太り気味な柴犬と目が合った。
「ここで待ってるよ」
俺の言葉に木田が小首を傾げて、上がっていってよと勧める。
「いや、でも…」
「あら、お友達?」
後ろからの第三者の声に振り返ると、庭の前の鉄製の門を開けて中年の女性がこちらに向かってくるのが見えた。木田のお母さんだろうか。俺は自己紹介をして、木田のクラスメイトであること、今日は木田の厚意に甘え、本を借りに来たことを出来るだけ丁寧に告げた。
「どうもご丁寧に…奈美の母です。そうですか、どうぞ上がっていってください」
一度断って、それでもという社交辞令を交わして、家に上がらせてもらうことになった。
家の中は築年数を感じさせないほど、清潔に保たれていて、石鹸のような匂いがした。きっとこのお母さんはキレイ好きなんだな、と少し太った背中を見た。ピンクのセーターをムチムチさせた背中が振り返ると、台所からこちらに歩いてくる。手にはお盆。その上に三つのカップが載っている。
「奈美ったら、日野君の話ばかりするのよ」
おばさんが俺の対面、木田の横に腰掛ける。黒い皮製のソファーがギュッと沈んだ。
「お、お母さん」
木田が咎めるような視線をおばさんに向けるが、一向に構わずおばさんはカップを俺の前に差し出した。白に金の混じった良さそうなカップの中に、茶色い液体。
俺は一言礼を言って、紅茶に砂糖とミルクを入れて、口をつけた。甘い味が俺の口いっぱいに広がる。
「この子はあんまり友達がいなくてね…」
「お母さんってば!」
慌てている娘を余所にマイペースな母親。そうなんですか、と適当に相槌を打ちながら、内心微笑ましく思っていた。
「本ばかり読んでて…内気でね」
「…もうやめてったら」
「だから嬉しいのよ…。お友達が出来て…しかもこんなに礼儀正しい男の子」
ありがとうございます、と苦笑を返す。いつの世も、どの家庭も母親は…、いや父親も一番の心配事は子供のことなのだ。
「この子もそんな歳になったんだなって、何だか安心するわ」
娘を持つ女親というのは少し違った心境もあるのかもしれない。だがこの勘違いはいただけない。俺は当然否定に奔走するだろう木田を見遣ると、目の合った木田は慌ててそっぽを向く。
「日野君はそんなんじゃないって」
冷静に否定する木田の耳はほんの少し、先っぽが赤かった。
「そんなことないですよ…。俺以外にも湯原っていう仲の良い友達がいます」
俺の言葉に、おばさんは少し目を丸くして、それからゆっくりと笑った。木田も少し照れくさそうに頬を緩めていた。
母さんが生きていたらこんな感じなんだろうか、と思った。
自然とそう思えた。