第三十六話:木田奈美〜読書家〜
父さんが常日頃言っている言葉に「本を読め」というのがあった。
俺は最近の若者らしく、活字離れは甚だしく、その言いつけをあまり忠実に守ってはいなかった。それがどうしたことか、駅前の本屋に行って読みやすそうな本を探そうという気になった。きっと父さんも仕事に戻り、暇だったのだ。
本屋おすすめコーナーと銘打った、新進気鋭作家の小説が立ち並ぶ一角を曲がり、各種資格試験対策の参考書、専門書の棚をのんびり過ぎて、ベテラン作家の欄にさし当たった頃、後ろから俺を呼ぶ声に振り返った。木田だった。
「日野君も本読むんだ?」
木田の同属見つけたり、と言ったキラキラ輝く視線に耐え切れなくなった。
「いや…実はほんの気紛れで…。暇だったし」
それで徘徊していただけ、と苦笑した。
「そうなんだ…。でも何か読もうって思ったんでしょ?」
木田は俺の冷やかし発言を特に気にとめた風もなく、本棚とにらめっこしながら言う。
「これなんか、読みやすいよ」
びっしり詰まった本棚から木田が一冊引っ張り出す。
「おかしな馬」というタイトルだった。俺でも書けそうだと思った。著者も「ミクロ浩介」なんてふざけた名前。表紙には角が二本生えた馬が首を傾げた絵が描いてあった。
「タレントが書いたやつなんだけど、面白いし、まあまあ上手いよ」
木田が俺の手にある本の表紙を覗き込む。木田のポニーテールが俺の顔の近くに来て、シャンプーの良い香りがした。
「ふ〜ん、じゃあ買ってみようかな」
何となく親近感を覚えるタイトルと絵図に少し興味を引かれた。本をひっくり返すと六百円で買えるらしい。
「私持ってるから貸してあげるよ」
木田が可愛らしい笑みを向けてきて、俺は少し礼を言うのが遅れた。
木田の家は俺の住む街、つまり学校のある街から一駅離れた場所にあるらしい。
取りに行って戻ってくるという木田に、そこまでの手間をかけさせるわけにもいかないので、俺も木田の家までついていって借りることになった。
「しかし、意外だったな」
「何が?」
「木田が読書家だったなんて」
隣町の軒並みは見慣れず、落ち着かない気持ちで木田の横を歩いていた。お前はここではストレンジャーなんだと言われているような気がした。
「ヒドイなあ…私文芸部なんだよ?」
そうなのか、と俺が大袈裟に驚いて見せると、木田は可愛らしく頬を膨らませた。
文芸部だということは知らなかったが、そのことについて実は意外でもないと思っていた。
どころか、大人しいイメージとぴったりだとも思っていた。
「だからかなあ…ちょっと虚構と現実がごっちゃになってたのかも」
木田が聞き逃して欲しいと言う様な、蚊の泣くような声を出したが俺は聞き逃さなかった。
彼女が言っているのは、自分の処世術のこと。人との関わり方のこと。湯原のこと。
俺が返答に困っていると、タイミングよく木田が「あれだよ」と一軒の家を指差した。